クラブHの物語
銀座ネオン街。通称ザギン、またはギンザ村、単にムラとも称されている。
銀座4丁目の交差点からJR新橋駅に続く約1㌔四方に乱立するクラブは推定約3000店。
従事する者、これも推定で約2万人。
日本全国津々浦々から、選り抜きの美女が集まり、「時間の切り売り」をする。
しかし当然ながら、「切り売りをする美しさ」がなくなれば去っていかざるを得ないのも
銀座の宿命である。クラブの経営者(=ママ)として残れる者、100人に1人あるかなしか。
松本清張の「黒革の手帖」に代表されるように、戦後の日本で「カネと欲望の蠢く街」
として知られてきた。ただ昼間に行けば、一見そんなに怖い街には見えない。
しかし夜ともなれば、一旦入り込んだら、ズブズブと吸い寄せられるような、
いわば“深海”の様相を呈し始める。
“銀座で飲む”ことは、ある意味で権威の象徴だった。
ただラッキーパンチで身に負えない権威を得て、若さのままに突撃を繰り返しても、
必ず追い返される、そんな“大人の街”が銀座である。
ランクは、(おおよそではあるが)松・竹・梅に分別される。
一般的に高級店と言われる店は、「座れば3万」どころか、行けば何のかのとチャージ
されて最低で5万。
酔って油断して、店の(従業員の=いわゆるプロのホステス連の)言うままになれば、
十万円単位のカネが消えていくことを覚悟しなければならない。
客も、従業員(=ホステス)も、目をギラつかせて“ハンティングのチャンスを狙う”、
いわゆる肉食系の店。これが「松」。
そして「竹」。このクラスは、会員制を謳う、中小規模の店。
従業員は昼間にも働いて、暇ができた時に出勤するパターンが多く、
“(売り上げの)ノルマ”は課せられていないのが大多数。
料金も目ん玉が飛び出る、ってことにはならないし、余計な“おねだり”も少ない。
言うところの草食系の店。
最後の「梅」。
このクラスは、いわゆるカジュアルな店で、従業員のほとんどがアルバイトか、
あるいは年齢が嵩み、最後に辿り着いた、ってパターンが多い。
最近では、経営者が中国系やアジア系の人間も多くなっている。
名目だけ、あるいは場所だけ“銀座で飲んでる”ってことになるパターン。
自分の行く店はほとんどが「竹」ランクである。
「松=肉食系」は、過去に何度も痛い目に遭ってるからもうコリゴリ。
かと言って「梅」はひたすら疲れるだけ。物事は中庸が大事(!?)なのである。
表題の「クラブH」の「H」とは、当然ながら店の、というより経営者の頭文字である。
何の因果か、頭文字が「H」の店が2店あり、道路を隔てて向かい合っている。
歩いてほんの10秒。やり難いったらありゃしない。
古い方のH(=H1)は開店から行き出して15年。新しい方(=H2)も開店から4年。
最近ではH2の方が断然お気に入り。
どこかの政党関係者も時たま登場し、10人も入れば満員状態となることから、
無理矢理設定してもらった「青柳シート」はカウンターの隅っこ。
その店に行くようになったのは、H2のマネージャー・Mさんとほぼ同郷だったから。
言い方がおかしいが、要は石川・富山県境生まれで、Mさんの六本木時代を含めれば
付き合いは10年を超える。今じゃ家族とも交流があり、M家の伯父さん状態である。
経営者のH2さんは北海道産。サッパリ型の大陸系。とにかくサバサバしてる。
Mさんの六本木時代に同じ店で働いていた経緯があり、いわば旧知の仲。
最初は好きなタイプではなかったが、最近では気軽に冗談を言い合える。
そしてH2の売りは生ギター演奏。
演奏者のAさんは、六本木時代から知り合いだった、ということになってはいるが、
最初は肌が合わなかった、というよりは互いに無視してた。
そのうち暇な時には一緒に飲むようになり、オールディーズが得意なAさんの腕前や
チャーミングな仕草に気付いて、その音色が肌に染みついてしまった。
女性群は、昼間働いている者も多く、概して大食い・大酒飲みで、タフである。
いつも話し相手になってくれるNさんは、昼間もIT関連で働く、まさに“タフの権化”。
ただそのタフさゆえか、顔が(異常に)テラテラしている場合も多い。
ザッとH2を説明してみたが、このH2は六本木テイストで自分にとって至極居心地よく、
他の店を開拓しようとする気が完全に失せてしまっている。
油断できないリスクの付きまとう深海探検は、結局は面白うて、やがて哀しき...の世界。
何より疲れるし、もう飽き飽きである。
かくして、自分の(ある意味人生をかけた)“深海探検”も、終業ベルが鳴り始めている。
