世界経済のパラダイムの転換と普天間問題
政治問題を頓着するのは好きではない。
論理もへったくれもない。
必ずカネとドロドロした人間関係が絡み、“生臭い”からである。
今回の普天間問題を巡るスッタモンダも、”典型的日本の政治パターン”となっている。
今後の日米関係をどうするかという以前に、間近に迫った参院選挙への思惑が絡んで
最終結論を出すのに手間取っている。
「国民のための政治」なのか「選挙のための政治」なのか。
“青葉マーク”の民主党政権が右往左往する姿、というよりは、宇宙人と揶揄される
鳩山首相の発言を巡るドタバタは、まるで喜劇である。
ここ5年の(末期的症状の)自民党政権もひどかったが、今から考えればよほど筋が
通っていた。「できないものはできない」とするキッパリ感があった。
理工系出身の鳩山由紀夫首相の思考回路は複雑怪奇で、一般人には理解不可能である。
何が言いたいのか、一体どれが本心なのかサッパリ解らない。
日米安全保障条約が締結されて50年。
日本は米国という“世界の警察”の庇護の元で、表面的には軍隊を持たない国として生きてきた。
仮に日米安全保障条約が破棄されれば、日本の平和は日本国民の手に委ねられることになる。
端的に言えば、“日本は丸裸になる”ということである。
日本の周囲には、世界の無法者と位置付けられる北朝鮮、今や世界の大国にのし上がった
中国が控えている。
そして同盟国(と見える)韓国でさえ、領土問題を巡り、いちゃもんをつけ始めている。
米国の庇護がなくなった場合、
日本はそれら隣国との諸問題を自力で解決していかねばならない。
果たして日本国政府は機能するのだろうか。
現状で冷静に受け止めなければならないのは、
米国に20世紀後半のような全盛時の国力がないこと、そして人口大国・中国の台頭である。
そして困ったことに、日本の産業にとって中国が欠かせない存在になっている点である。
21世紀の日本は、中国抜きの成長戦略は考えられない。
その中国を仮想敵国とする片務的な軍事同盟は時代遅れであるという考え方にも一理ある。
しかし現在の中国が全面的に信頼する状況であるかどうかは、誰が考えても答は同じである。
21世紀に入って、日米関係も希薄化し始めている。
経済停滞による日本の存在感が低下しているからである。
そして中国が世界の経済大国としてのし上がっていくに従い、
あれだけ激しかった日米経済摩擦も、いつの間にか自然消滅している。
米国にとって日本は、もはや頓着するような相手でなくなっている。
ここ50年の日米関係は、まぎれもなく太平洋戦争の戦勝国と敗戦国の主従関係だった。
その50年という長い年月を経て、これまでの関係を改めるには絶好の時期ではある。
とは言え「憲法第9条」を盾に、軍隊を保持することを頑強に拒むのであれば、
日米安全保障条約を”リスクヘッジ”として保持していかねばならない。
「攻められて被害が出てから次の措置を(外交を中心に)考える」とする、
きれいごとの論理、どこかの弱小政党の党首の、まるで女学生のような非現実的な
考え方で日本の国土を守ることは不可能である。
「日米安全保障条約保持」か「(日本が)軍隊を持つ」か。
今回の普天間問題はそのような根底的で重大な問題を含有している。
確かに沖縄県民には”太平洋戦争の最大の被害者”であるという、
消そうとしても消せない”トラウマ”がある。
だが米軍抜きの沖縄経済もまた考え難い。
小手先で済まそうとするから混乱するのである。
21世紀前半、世界経済のパラダイム(理論的枠組み)は完全に転換している。
日本は重大な決意をする時期である。
