人生の区切り
1月23日(金)、経団連外郭団体からの依頼で講演した。
「2009年新春 第117回全国経営者セミナー」と題するそのセミナーは、1月21日から23日まで
3日間開催された。場所は(皇居前)パレスホテル。
そしてこの不景気な折に、3日間通しの参加料金が263,000円也。
しかし不況だからこそ尚更ということで、主催者側に拠れば参加者は700人超の大盛況。
3日目のメイン講演者は、北京五輪金メダル・ソフトボール日本代表チーム・エース・上野由岐子さん。
自分の出番は分科会。
講演依頼があって約1ヶ月後、自分の写真が載った案内パンフレットが届いた時点で、
過去には巨人軍の長嶋茂雄永久名誉監督やら、王貞治ソフトバンク元監督やら、
まさに日本の錚々たる方々が講演された経緯があることが分かった。
そんな有名な講演会に、自分が呼ばれるなんて何かの間違いではないのか。
まぁしかし、間違いだろうが何だろうが、声が掛かるだけラッキーだッ、なんて思ってた。
講演会当日が近づくにつれ、そんな大掛かりな講演会の分科会だから、自分のところには
精々40~50人程度、ひょっとして10人あたりになることも考えられないではなかったから、
いわゆる“サクラ”にと、知人に来てもらうようお願いする始末。
で、当日。勝手知ったるパレスホテル、ってなもん。
今から約30年前、現役の為替ディーラーとして、肩で風切って歩いていた時分、パレスホテルの
地下2階にあるIVYハウスを、まるで自分専用の応接間か、隠れ家にように頻繁に使っていた。
30年前と言えば、旧日本興業銀行本店、旧住友銀行東京本部、旧協和銀行本店、
米シティバンク東京本部、米チェースマンハッタン銀行東京支店、米バンカース・トラスト東京支店、
英マリンミッドランド銀行東京支店、そして三菱商事本社など、日本内外有数の銀行・商社が
至近距離にあり、金融界の人間がウヨウヨたむろったパレスホテルだった。
そんな当時のIVYハウスでは、“デカボトルの青柳”で通り、入って右奥のカウンター席右端二人分が
“青柳専用シート”となっていた。
デカボトルとは、サントリー・リザーブかオールドの5本分が入った“化けもの”。
当然にして手で注ぐことは無理だから、専用台がついていたという特注品。
勝ったと言っては飲み、負けたと言っては飲み、暇だと言っては飲んでいた。
要はほぼ毎日のように飲んでいたから、そのデカボトルは3週間程度に空になった。
もう時効だと思うので白状すれば、酔ってはIVYハウスの食器を失敬した。
その食器は、何と、今でも使用している。そんな思い出が詰まったパレスホテルだった。
その意味では、今回の講演はある種の“凱旋”だと最初は思った。
自分の出番は午後3時。
直前の講演者はプロゴルファーの中嶋常幸・雅生父子。
終了予定時間が過ぎても、質問が飛び交って、なかなか終わらない。
よりによって何で自分の前が中嶋なんだよ、なんてブツブツ言ってみたりしていた。
で、出番。
考えてみれば、ローズ・ルームとはパレスで一番デカい会場だった。
多くて40~50人のはずが、その10倍の400~500人の世界。
は、はなしが違う!!と思った。一瞬、頭の中が真っ白になった。
ええいままよ、と居直ったが、うまく話ができたかどうか。
頼み込んだサクラの皆様からは、“よかったよ”との感想を戴いたが、さて…。
今回の話の本題は実はこれからである。
講演が終わって一服していると、司会者の方から“このホテルも今月一杯です”なんて、さりげなく、
しかし驚愕の情報を得るに至る。エエ~ッ!!ほんとかよ。
全館取り壊しで、新装開店には3年かかるという。そしてIVYハウスは閉店するという。
凱旋とは全くの感違いで、今回の講演会はパレスホテルが呼んだのかもしれない、と思った。
青柳、あれだけ世話してやったんだから、キチンと挨拶に来いよ、と。
気がついた自分は、後日、改めて挨拶に行った。
カウンターも椅子も、そして雰囲気も30年前と何にも変わっていない。
そしていつもの席で、“パレス乾杯!IVYハウス乾杯!どうもお世話になりました”と、感謝の念を込め、
心からの挨拶をした。
この1週間、シミジミ時の流れを感じている。
自分の人生で、若くて、エネルギッシュで、一番に華やかだった時代が名実共に過ぎ去っていく。
これもひとつの区切りなのだろう。
