北京五輪後の中国と世界経済
北京五輪閉幕後、
誠に有難いことに、8月7日発売の自著「中国大崩壊」が注目を集め始めている。
久し振りに週刊誌・数社からの取材依頼も来ている。
特に、グラビア・アイドルの裸体が最大の売りの、若者向け老舗・週刊誌からの取材依頼には
少々驚いた。
ところで、北京五輪開催で中国は何かが変わったのだろうか。
中国が獲得したメダルは、金51を含む100。
最多だった前回アテネ大会の63を大幅に上回った。
1ヶ国・地域の金メダル数が1大会で50個を超えるのは戦後では5度目で、米国と旧ソ連以外では
初めてのことである。
今回の中国の躍進は16ヶ国・地域から招かれた38人の外国人指導者の存在抜きには語れない。
そうした指導者によって、世界に通じるスタンダードなスポーツ文化が持ち込まれたことにはなる。
世界が中国を知り、中国も世界を知ることにはなった。
しかし「中国の窓」は本当に開かれたのだろうか。
マスコミから伝え聞く世界は、“(中国的な)わざとらしい世界“のオンパレードである。
五輪公園と各競技場は、フェンスに囲まれ、出入り口は兵士が監視する。
絢爛豪華な施設、随所に配置されたボランティアの「スマイル」。
記者会見では8ヶ国語での同時通訳。
そうした人工的で技巧的な世界は、開会式の見栄え重視の偽装演出で明らかになった。
特に開会式で歌った少女の歌声が「口パク」で、少数民族として登場した子供は、
実は漢民族だったことで、海外から「偽装五輪」のレッテルを張られるに至っている。
インフラ整備だけで北京に4兆5千億円の巨費が投じられた(一見すれば)高品質な
五輪ではあった。
しかし国家の優位性をアピールするという点で、その額に見合う効果があったのだろうか。
「中華民族百年の夢」だった五輪は、(共産党一党支配の)中国という国家の特殊性を生かして
運営されたことは明らかである。
巨額の投資と過剰なまでの演出。
挙国体制による金メダルの量産で、中国国民に自信を与え、人民の団結を促したことにはなる。
しかし五輪後の中国経済には様々な困難が待ち受けることは中国国民ならずとも、世界中が
認識している。
貧富格差や腐敗、少数民族政策。
祭典中も顔を覗かせた社会矛盾は、五輪というタガが外れれば、一気に不満が噴出する。
五輪の成功で自信を深めた政権側が、一連の不満を力で抑え込むスタンスになり勝ちである。
中国で改革開放政策が始まって30年。
「市場経済化を進めながら政治的な自由は封じる」という、自由主義経済社会の通常のスキムを
考えれば、非常識であり得ない、”禁じ手”を使った政策が限界に近づいている。
自分は4年以上前から、北京五輪後の世界経済を危惧してきた。
これまでのイケイケの論調が、アッという間に急変している。
「世界全体の運命を、決して信じてはいけない国に委ねた」結果に、戦々恐々としている。
これまでの「希望の大地」「輝ける大地」等の表現は、一体何だったのか...
さてこれから何が起きるか。
2008年後半は波乱含みである。
