2007年夏の高校野球と桑田真澄的生き方
気が付けば8月下旬。そしてもうすぐ9月。
ただ今までのような、「8月も終わりで来週から9月」という意識がない。
理由はハッキリしている。未だに酷暑状態が続いているからである。
繰り返しても仕様がないが、今年の夏はクソ暑さは異常だった。
そして気がつけば、真夏の祭典、夏の高校野球も終わっている。
終わったという実感がないのは、今年の高校野球には傑出したスターがいなかったからである。
確かに受験校・佐賀北高校の無欲の優勝は賞賛に値するが、巷間で「ガバイ旋風」と言われるほど
のギラギラ感はないのは確かだった。
比較をするのは可哀想だが、昨年の斉藤VS田中の熱闘を考えれば、今年の夏の甲子園は
スケールが違った。小粒だった。
前評判の高かった大阪桐蔭の中田翔は、高校生にしてメタボリック症状で、腰回りに肉が付き過ぎ。
素人目にも内角を攻められたらまず打てない。将来的にはどうか?といった状態。
155㌔の史上最速を記録した仙台育英の佐藤由規も、フォームがキレイ過ぎ、高速マシンでの練習に
慣れた智弁に滅多打ちされた。
今年は特待生制度が騒がれた年でもあったが、毎年、毎年、そうしたモンスターと言われる選手が
出るはずもない。
そうした、ある種の納得感あるいは、ガッカリ感のする夏の高校野球だった。
そんな夏の高校野球の最中の8月14日、
米大リーグ・パイレーツ・桑田の戦力外通告のニュースが流れた。
昨年限りで巨人の戦力外になった桑田は、長年の夢だった米大リーグ(以降MLB)を目指し、
マイナー契約でパイレーツに入団。
MLB昇格目前かと思われた3月末、オープン戦で球審と激突、右足首の靭帯を損傷する重傷。
しかし2ヶ月のリハビリを経てMLB昇格を果たし、6月10日のヤンキース戦でMLB初登板。
以降、約2ヶ月間に中継ぎで19試合に登板。
レインボールと揶揄された超低速カーブを武器にした好投もあったものの、俗称ションベン・カーブが
そうそう通用するはずもなく、後半戦はメッタ打ちされる場面が目立っていた。
MLB成績は19試合に登板して0勝1敗。防御率は9.43。
現オリックスの清原と共に、モンスター・KKコンビと言われ、「PL黄金時代」を築き上げた桑田も
(選手としては)ジ・エンドの様相である。
巨人志望の清原を出し抜いての巨人入団、
巷間では”投げる不動産屋”と言われ、”その筋との黒い交際もある”と言われた全盛時代を経て、
(想定)20億円と言われた読売グループへの借金返済も終わり、戦力外通告されて後のMLB挑戦。
そして今回の引退(!?)劇である。
日本でも通用しない39歳の桑田が、MLBに通用するはずなかった。
イチローがいて、松井がいて、そして松坂も。
だから桑田も、ってシナリオが通じないのは誰にも分かってはいた。
今回のMLB挑戦は、最近の女子大生が好んでやるような、
「ご苦労さん、お疲れさん、としてのご褒美の、卒業旅行の意味合いに違いない」と、
誰もが思っていた。
生活の全てを集中し燃焼し尽くす野球中心の青春、メシのたねとしてのプロとしての野球人生、
そして野球を止めてからの気が遠くなるような、ひとりの男としての長い、長い(残された)人生....
全くの偶然には違いないとは思うが、夏の高校野球の真っ最中の桑田の実質的な引退宣言は、
一連の高校野球のあり方を、別の意味からシミジミ考えさせられた。
