2012年01月22日

「欧州危機」の検証

2008年のリーマン・ショック以降、「お金をばらまけば景気が上向く」という、
(意味を曲解した)ケインズ主義が横行した。
目的はとりあえずお金をばらまくことであり、
長期的な雇用や需要の創出は念頭になかった。

ばらまきが目的だから必然的に財政赤字になる。
しかし景気は思うようには回復せず、財政赤字だけが膨らんで、
当然ながら財政危機に陥る。
そうなると景気はそっちのけで、赤字削減だけに関心が持たれる。

赤字削減には歳出の削減と歳入拡大の二つしか方法がない。
経済が拡大しなければ所得も消費も増えず、税収の必然増も望めず、
歳入拡大のためには増税しかない。
ところが「増税は景気冷やす」と信じられているから、増税はできない。
そのため大幅な支出削減が行われ、雇用を支えていた公共事業や公務員が削減される。

最終的には雇用が減るから生活不安で必然的に消費を減らす。
景気が冷えて歳入が減るから財政は更に悪化する。
かくして堂々巡りの不況の袋小路に入り込んでいく。
最大のポイントはお金をばらまけば景気を支えられると信じたことによる。
欧州のギリシャ、イタリア等は全てこのパターンである。

現在の欧州は、国家の債務危機(ソブリンリスク)と金融危機が絡んで、
更に厄介なものになっている。
まず第一に、先進国から新興国への歴史的なパワーシフトの中で起きている。
最近特に強調される「西洋の没落」が現実味を帯びている。
古代ギリシャ、ローマ帝国という欧州文明の源流が危機の震源になったのも象徴的である。

第二に、肥大化したマネー資本主義が危機を増幅・加速している。
超金融緩和の元で、マネー経済は実体経済を大きく上回って膨らんだ。
世界のヘッジファンドの雄ジョージ・ソロスをして「大量破壊兵器」と呼ばしめた
CDS(クレジット・デフォルト・スワツプ)は、
破綻リスクを避けるという本来の機能を逸脱し、投機商品化した。

第三に、市場と国家との時間差が広がっている。
短期勝負をかける市場に対して、時間をかけて手続きを踏むのが民主主義である。
特にユーロ圏の運営は加盟17ヶ国の民主主義の合意に基づく。
時間差はますます広がる。
そして「ユーロ崩壊」とする自己充足的予言の大合唱が、
危機を実態以上に深刻化させている。

問題解決に向けた道は二つ。
ひとつはギリシャ、イタリア等の問題のある国をユーロ圏から切り離す。
もうひとつは独仏の継続的な援助と労働者の全面受け入れである。

そして英国も大きなカギを握る。
メルケル英首相は「ユーロに加盟していなくてよかった」とほくそ笑む。
また国際通貨基金(IMF)融資にも非協力的である。
今は亡きチャーチルは「欧州合衆国」の演説で、
「欧州という家族を再建するには独仏協調である」
「楽観主義者は困難の中に好機を見出す」
と強調した。

歴史的な危機の中で、欧州の結束が必要な時である。

2012年01月15日

「日本は別」という安心感の落とし穴

年始早々、円は対ユーロで100円を割り込んでいる。
対ドルに関しても76~77円の歴史的な円高水準を保ったままである。
巨額の財政赤字を抱える日本の円が選択される状況にリスクはないのか。

財政赤字はほとんどの先進国に共通だが、経常収支との組み合わせで
3つのグループに分けられる。
まず経常収支も赤字で、海外からの資本に頼らざるを得ない国。
ギリシャを筆頭とする欧州の重債務国が典型である。

次に経常赤字だが、基軸通貨国の特権で海外資金が比較的容易に還流する国。
ご存じ20世紀の最終勝利国の米国である。
ユーロ不安から資金還流が増え、ドルの実効レートは昨年夏以降上昇し始めている。
また最上級の格付けを失っても、米国債の利回りは戦後最低水準に低下している。

そして経常収支が黒字である日本やドイツ。
日本の政府債務残高は名目国内総生産比で200%を突破し、ギリシャをも上回る。
それでも長期金利が低水準でいられるのは、この経常黒字のたまものである。

そして経常黒字と表裏一体の関係にある家計と企業の貯蓄のおかげで、
日本国債の95%は国内で消化している。
しかも消費税が20%前後の欧州と違い、5%の日本には増税の余地がある。
「日本は欧州とは別だ」論はこのあたりを根拠にしている。

しかし昨年11月と12月にIMF(国際通貨基金)は立て続けに警告を発している。
まず高齢化に伴う貯蓄の取り崩しで、10年以内に政府債務残高が個人の金融資産を
上回るのは確実の状況であり、東日本大震災と円高の長期化による営業活動の
海外シフト化による、日本国債の暴落の可能性を指摘している。

怖いのは、企業が膨大な余裕資金を持て余す結果、銀行を経由して日本国債の受け皿
になるというこれまでの構図が急速に変化し始めていることであり、
そしてそういう状況に金融関係者が無関心を装っているように見える点である。
2011年10月までに日本を巡る直接投資収支は6兆円の流出超で、前年同期2.2倍。
その間の経常黒字額をも上回った。

「日本は別だ」という考え方は、
ユーロ危機の最中に円が「安全資産」として買われ続けたことで醸成された面もある。
しかしそうした円買いの実態は、いつでも売却できる短期国債であり、
日本株については外国勢による売り越しが続いている。

IMFが指摘した財政赤字縮小の遅れを海外勢が実感するようになれば、
というよりは、短期データ中心のコンピュータが感知してしまえば、
資金は瞬間に日本から離れていく。
コンピュータが全てを行う現在の金融世界には“情け”も“容赦”もない。

結果的に日本は、円高の長期化に乗じて海外シフトを行い、
その一連の作業を終えた時点で超円安の時代を迎える、
つまりはダブルパンチで日本は損害を被るといったシナリオは当然考えておかねば
ならないのである。

世界経済が歪になっている。
2012年は世界的な政権交代の時期でもあり、大波乱の年と考えた方がよさそうである。
特に3月と6月は注意しなければならないようである。

2012年01月09日

快晴な日々

新年が明けてから、アッという間10日が経ちました。
2012年もあと355日。
こんな言い古されたギャグも空しくなるように、時間が経っていきます。

実家から帰ってきたのが6日。
東京は快晴な日々が続いております。
「快晴の」ではなく「快晴な」日々であります。
空はあくまで青く、隅田川の水も群青色に見えます。

西高東低の冬型の気圧配置の日本では、日本海側が雪、太平洋側がカラカラの快晴と
いうパターンが続きます。
この時期の実家方面は、一晩で状況が一変致します。
晴れてたかなと思ったのもつかの間、コンコンと雪が降り積もって、銀世界に相成ります。
銀世界という単語を使うと、まさにエレガントな風景を連想されるようですが、
空は灰色で、薄暗く、あたりがシンと静まりかえり、何か押さえつけられるような
陰鬱な世界が広がっていきます。

こんな時、決まって思い出すのがスイス・ジュネーブの世界。
今から20年くらい前、スイスのジュネーブに1週間滞在しました。
ご存じのようにレマン湖に面した観光地。
表面上は金融のセンターということになっており、その意味での(建前上の)出張を
兼ねることにはなりますが、本音を言えば、風光明媚な観光地で一息つく、って塩梅
になります。

何はなくとも晴れた空と、それをしなくてどうすんだ、
とばかりの(レマン湖に沿った)ランニングコースが整備され、
早寝・早起き、早朝のランニングを澄ましてから戸外での朝食が最高のご馳走という土地柄。

そして夕方も、他にやることもないので、再度走って、冷たいビールから始まる“飲み”の
世界を堪能するという、至って健康的な雰囲気であります。
今はどうか知りませんが、食い物は正直美味しくありません。
何かカッコばっかの油ばっかの料理のオンパレードで、味噌・醤油そして大根おろしの
ような日本的な料理は、まず期待できません。

でもなぜレマン湖を思い出すかというと、その絶対的な太陽の輝きが、
そして周辺の澄んだ空気が最高だったからに他なりません。

また気が向けば、乗客が自分ひとりになる可能性大の高原列車に乗り、
ローザンヌまでの小一時間の小旅行も堪能できるのであります。
当時のローザンヌの駅前には、たった1軒、小さな日本料理店があり、
日本語で「美味しい昼ごはんできてます」という短冊が掲げられ、
ヒラヒラとはためいていたことが忘れられません。
滞在した1週間のうち3日はその日本料理屋でランチしたことも強烈に覚えています。
東京で言えば、昼飯を食うのに箱根までいった、ってことになるでしょうか…

で、何を言いたいんだ?とおっしゃるのであれば、多少は寒くても、太陽が輝く場所は
いいという、たったそれだけのことであります。
自分の住まいする佃地区からは東京スカイツリーの雄姿も堪能でき、
大都会・東京での生活は決して楽しいことばかりではありませんが、
やはりこうした冬を過ごせる場所を離れたくないと思うのであります。

こんな夢みたいなことばかり言ってられません。
ユーロを中心に、金融市場が大荒れになっています。
また現実の世界に戻らなければなりません。
それでは、ってことで…

2012年01月03日

謹賀新年

本ブログにアクセス戴いている皆様、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

いつものお正月とは思いますが、如何お過ごしですか?
年末年始には携帯メールがつながり難かったようですが、皆様は如何だったでしょうか?

こちらも、実家での相変わらずのお正月を過ごしております。
元旦&2日は実弟と、飲んで、食って、寝て、少し仕事をして、という、
何等の変化もない、淡々としたお正月をしております。

オトコ同士の、特に兄弟の“飲み”は長くは続かない。
夕方の早い時間からそろそろヤルかと飲み始めて、少々酔って、雑煮を食べて、
もう寝るわ、じゃあな、バタンキュ~という、至ってシンプルなパターン…
そして12時頃からムクムク起き出して、メールチェック等のそれぞれの仕事をするという、
母親に言わせると、何とも素っけないパターンではあります。

周囲の風景も相変わらずです。
人が住んでいるのかいないのか、言うところの、シーンと静まり返ったパターン。
これでTVの音を消そうものなら、全くの静寂の世界が広がります。
だからとりあえずはTVはつけっ放しにしております。

窓の外からは富山湾や能登半島が見えてりおりますが、冬独特の白波も立って、
いかにも寒そうな風景が広がっております。
森昌子の“越冬つばめ”の風情です。
シュルリー、シュリ・シュララ~の、あの切ないメロディが浮かんできます。
薄ら寒くて、ドヨ~ンと薄暗い、北陸独特の冬の風景ではあります。

ところで、今年の新春は、為替市場の動向を注目せざるを得ないようです。
ご存じのように、昨年末にはユーロが100円を割り込んでおりますが、
消去法とは言え、何でこんなに円が買い込まれるのか...

多分、PCに頼り切る最近の金融界で、短期勝負専門のアルゴリズムが円買いを
主導しているものと思われますが、日本の昨今の政財界の動きを見れば、
現状の円を買うことが如何にリスクがあるかを認識せざるを得ないはず。
“想定外”の大ドンデン返しの可能性は考えておかねばならないようです。

とは言え、実家方面におりますと、そんな大きな動きも、それってどこの話って
ことになります。
確かにそうですね、これだけ淡々とした時間が流れていれば、世界の為替の動き
なんてどうでもいいや、ってことになりますね…

ここまで書いて、気がつけば午前7時。
白々と夜が明けてきました。正月3日目の朝です。
東京箱根間往復大学駅伝競走、通称箱根駅伝の復路の中継も始まりました。
東洋大学の総合優勝は間違いないとは思いますが、
“W”マークも第二位を死守しておりますので、楽しみに応援したいと思います。

それでは皆様、引き続き楽しいお正月を過ごして下さい。



2011年12月25日

東京・佃、クリスマスの風景

本ブログにアクセスを戴いている皆様、メリークリスマス!!
クリスマス休暇3連ちゃん、いかがお過ごしですか?

こちらは変わらず、酒浸りの毎日であります。
何やかやかと物入りで、クリスマスは“苦しみます”の日々であります。
天皇誕生日を交えた3連休にした結果、世の中が変にエキサイトしていると感じて
いるのは私だけでしょうか…

自分の住まいする東京・佃は、現在は近代的な高層マンションが乱立する町とは
なっていますが、昔からの下町。
そんな海外のお祭りに与(くみ)するかよ、といった“空威張り”をする町であります。
従って、銀座界隈がクリスマスモード一色になっても、敢えて何もせず、平静を装うと
いった“空威張りの江戸下町情緒”が漂っております。

そうした雰囲気の中で、自分の住まいから20秒、要は隣にある小さなワンコインバーが
突然閉店しました。

今から約半年前、豆腐屋の倉庫を使っていつの間か開店し、変な若いあんちゃん二人が
呼び込みをやってる…
薄暗い中に、変に煌びやかなネオン装飾をしていることもあって
“何だこれ!?”“あっやしいな”“ぼったくりか?”と思いつつ、
最初は通り過ぎるようにしておりました。

しかしある日、酔いに任せて、エエイッツままよとばかり入ってしまいました。
ボクシングの亀田興毅に似た坊主頭のにいちゃんと、
青森弁丸出しの素朴な感じのする20歳前の坊やがやるそのバーは、
全てが500円、つまりは1杯飲んでも500円、つまみを食べても500円。
つまるところのワンコインバーでありました。

そして流す音楽が、全て60年代から70年代のJ-ポップ。
出てくる楽曲はぜ~んぶ歌える…
何でこんな曲ばかり流すんだよ、と聞いたら、オーナーの趣味だという…
ふ~ん、そうなんだ、でもあんたら、こんな曲ほんとに知ってんのかよ…

そのうち、美味しい豆腐とドライフルーツのつまみが好きで、週2~3回通うようになり、
バーの名前が“ペルシャ猫”という名前であることも分かってきました。
ペルシャ猫?ざけんなよ!“のら猫”にすればよかったんじゃないのか、
などと笑っておりました。

最寄りの営団地下鉄・月島駅を行き来するにはどうしてもその店の前を通らなければ
ならず、気がつけば、店の前を通る度に青森クンが顔を出し、
“寄ってかないんですか?”と聞かれる毎日なってしまっておりました。

最後に行ったのは12月の初旬だったろうか。
店が超満員になってる。
“おいッ、どうしたんだよ?”と笑って聞いたら、“貸切です、ごめんなさい”と
亀田興毅似のあんちゃんが答える。
ふ~んそうなんだ、この店も有名になったもんだ…

そしてクリスマスソングが流れる頃になって、店が閉めたままになってる…
あいつら、風邪でも引いて寝込んでるんかな…
そして今回のクリスマス3連休。
店の前に小さな黒板に
「佃の皆様、お世話になりました。また必ず戻ってきます。I’LL be back someday.」

なんだよあいつら、へんなカッコつけやがって…

時期を同じくして、10年超馴染んだ、歩いて10秒の、つまりは隣のコンビニも閉店して
しまった…
パジャマでタバコ買いに行けないじゃないかよ…

かくして東京・佃は、何事もなかったように、また正月を迎えます。


2011年12月24日

「ドル建て日本国債発行」の可能性を検証する

日本国債は日本の個人資産で賄えているから大丈夫だと言われてきた。
ではその個人資産とは何か。
それは日本国民の、日本の銀行に対する預貯金である。
日本の銀行(郵貯を含む)は、大口の貸出先もないまま、半ば強制的に日本国債を
買わされてきた。

現在、発表されている(通常引用されている)日本の個人資産は1,400兆円。
しかしその1,400兆円は住宅ローン絡みの資金も多く、東日本大震災や、
日本の空洞化経済による住宅ローン不良債権化の波が押し寄せている。

要は日本の個人資産1,400兆円は、(あくまで推定だが)20%減の1,200兆円程度に
まで減額してしまっているのではないか。
そして毎年50兆円の恒常的な赤字国債の発行、また今回の東日本大震災の復興資金と
して総額100兆円程度の資金が必要と考えれば、日本がこれまでに積み上げてきた
借金1000兆円を含めて、日本の財政はほぼイーブンに近くなってしまっているのでは
ないかとも考えられる。

あの慎重居士の野田首相が増税路線一直線なのは、
日本の財政事情が必要以上に逼迫しているのではないか、と考えても不思議ではない。
結論的には、日本は、財政赤字を海外に頼らざるを得ない状況に近づいているのでは
ないのだろうか。

いずれにしても21世紀は、米国ドル、欧州ユーロ、中国元のいずれかの支配下に
入らざるを得ず、究極の三択の世界に入るものと思われ、
その中で最終的な選択を強いられるものと思われる。

日本の財政が逼迫すれば、その資金を充填せざるを得ない。
その矛先はまず、世界第二位の保有高を誇る米国債にも向かう。
ご存じのように、現在の米国には債務返済できる状態にはない。
仮に無理矢理請求すれば、日米安全保障条約は破棄され、日本は丸裸になる。
と当時に、米国債の大暴落となり、世界経済自体が崩壊する。

こうした中で現在、財務省が「ドル建て日本国債」を密かに計画していると噂されている。
日本が「ドル建て日本国債」を発行するには「米国の庇護」が絶対条件である。
この根幹のシナリオの中で考えられる条件は以下のようになると思われる。
「日本の流通通貨は、円を廃止し米ドルとする」
「日本の、米国債返還請求権の放棄」
「日本の隠し資産(いわゆる埋蔵金等のプラス資産や、隠れ借金等のマイナス資産等)を
洗いざらい探り出し、日本の財政事情を明確化する」

最終的には
「日本は米国の(実質上)米国の支配下に入る=米国の金融方針に沿った国になる
=属国になる」ことになるが、
第二次大戦以降、営々と築かれてきた官僚制度も必然的に崩壊することにはなる。
最近頓着されているTPP(環太平洋経済連携協定)も、結局は米国を中心にし中国に
対する包囲網、もう少し明確に言えば米国を中心とした軍事同盟と捉えれば納得がいく。

結局、日本がこのまま生き残るためには、「日本国内でドルが使われる世界」を
容認せざるを得ないものと思われる。

ではその時期はいつか。
このままであれば2015年が重大なテーマになるものと思われる。


2011年12月18日

世界経済は固定相場を目指す!?

今から40年前の1971年8月、
ニクソン米大統領が突然のタイミングで金とドルの交換を停止した。
1オンス=35㌦の公定価格で金と結びつくドルに、各国通貨があらかじめ決められた
交換比率(平価)でペッグするという、(米ニューハンプシャー州の保養地の名を冠した)
「ブレトンウッズ体制」が崩れた瞬間だった。

ニクソン大統領の表明以降、従来の交換比率は通用しなくなった。
しかし主要10ヶ国は、長く馴染んだ固定相場の修復を目指した。
各国通貨の平価を決め直す場所に選ばれたのが、
ワシントンの観光名所であったスミソニアン博物館だった。

議長のコナリー米財務長官は日本に対して18%の円の切り上げを求めた。
ところが、水田三喜男蔵相は17%未満に拘った。
「17%は昭和初期に金本位制に復帰した際の切り上げ率で、日本には不吉な数字。
不況になり金本位制を復帰を決めた井上準之助蔵相は暗殺された」
という、論理にならない論法だった。

かくして1971年12月、
実は参加国中で最大の切り上げ幅・16.88%の切り上げ率の1㌦=308円が決定される。
しかしニクソン大統領が「ブレトンウッズにも匹敵する合意」と自画自賛した
スミソニアン体制は1年もたたないうちになし崩し的に崩壊していった。
そして1973年3月までに主要通貨は変動相場制に移行していくことになる。

そのスミソニアン合意では、「許容する為替相場の変動幅を平価の上下2.25%に広げる」
ことも合意されている。
しかし西独、仏、イタリアなどの欧州6ヶ国は仲間内で、
「互いの通貨の変動幅をその半分にする」ことで合意している。
「トンネルの中のへび」と言われるユーロのルーツである。

1973年の変動相場制に移行して以降、通貨の値段が上下動するようになり、
必然的にリスクヘッジや投機の動機も生まれる。
変動制移行が通貨先物取引の拡大等、世界経済の「金融化」を進めていくことになった。
英・国際経済学者スーザン・ストレンジが強調するがごとく、
変動制移行は「カジノ資本主義」の元凶だったことは否定できない。

地続きの欧州各国が、為替変動や両替の面倒を避けて「究極の固定相場制」である
単一通貨を選択したのは、ある意味で理に適っている。
ただ「固定相場制」「国境を越えた自由な資本移動 」「各国の金融政策の独立」が
同時になり立たないのが現在の世界経済の実態ではある。

ユーロの金融政策はフランクフルトにある欧州中央銀行(ECB)に一本化され、
ギリシャ、スペイン、ポルトガルなどの国々が、独並みの低金利で資金を調達できる
ようになり、バブルや財政規律の緩みが生じる結果となった。

現在の欧州動乱の元凶は、やはり変動相場制移行にあった。
混乱は簡単には収まりそうにない。
ユーロ消滅か、などと、ユーロ資産そのものが消えてなくなるかの如くの表現をされ
始めている。

しかし近代経済の一連の流れを復習してみれば、近い将来消えゆく通貨は日本の円であり、
ユーロが漫然と死を待つことはあり得ない。
日本の円が消えゆく可能性については後日、論述したいと思っているが、
とりあえずは冷静に対処したい局面である。

2011年12月10日

吹き荒れる橋下旋風と、今後の日本の政治

注目されていた11月27日の大阪ダブル選挙。
開票が始まった午後8時、NHKでは大河ドラマの開始と同時に“橋下当確”の
速報テロップが流れた。
開票0%で当確?とは思ったが、橋下徹代表率いる「大阪維新の会」は圧勝した。

大阪市庁舎は中之島という場所にあるため、大阪市役所労働組合約500名と、
大阪市従業員労働組合の約7000人の組合員を中心に、
現役およびOBを含めて“中之島一家”と呼ばれてきたそうである。

今回の市長選挙では、橋下氏が(強引に)導入しようとした
「職員基本条例案」と「教育基本条例案」が最大のテーマとなった。
上記2例案は、市の職員や教員を5段階で相対評価し、
2年連続で最低のDランクの場合、処分対象にするというもの。

こうした流れに危機感を持った“中之島一家”が一丸となって平松前市長の支援に回り、
総力戦で挑んだものの、あえなく敗北を喫することになった。
選挙前では橋下氏が市長になれば、数百人単位で職員が辞表を提出すると言われていた
ものの、今のところ誰も辞表を出していない模様である。

今回の市長選挙では60.92%という投票率も注目された。
普段は選挙には無関心の、若者や女性層が投票に行ったのは確かなようである。
そうした“無関心層”が「維新の会に大阪を変えて欲しい」と意志を明確にしたのである。

ファシズムをもじってハシズムと揶揄される橋下氏の政治手法は「数の論理」。
勝てば官軍という姿勢は、確かに民主主義社会の風情ではない。
もし今後、大阪都構想を推進する上で市議会が障害になると思えば、リコールという
強硬手段さえ取りかねない。

地方自治体は「(一種の)大統領制」である。
首長が財政の主導権を握れるからである。
しかしこれまでの首長はナアナアの感覚でやってきたし、
議会との対立の図式などがあって、十分に機能することがなかった。
石原慎太郎東京都知事も、河村たかし名古屋市長も改革に邁進したが、
対立する議会の存在があり、一定の制限を受けてきた。

ところが今回の大阪では、大統領制の力と怖さを知った人間が議会まで牛耳り、
それを最大限に利用しようとしている。
橋下氏は、一連の環境を一気に変えようと試みているのである。
“面白がり”の大阪人が、橋下氏に“一度やらせてみよう”となった。

元々大阪人には自発的なエネルギーがあった。
例えば世界最古のコンクリート建築である大阪城天守閣は
「大阪には大阪城が必要だ」と、市民が再建したもの。
そうした底知れないエネルギーを阻害していたのが府庁や市役所に巣食う役人だった。
橋下氏は、一連の“大阪を斜陽都市にした”大きな壁に挑戦していることにはなる。

「大阪維新の会」に国政が追随しようとする雰囲気が出始めている。
確かにこのままスンナリといくほど問題は簡単ではない。
しかに現在の日本に巣食うドンヨリとした閉塞感を一新するには、
橋下氏のような“(劇薬に近い)蛮勇”が必要なのかもしれない。

2011年12月05日

RAILWAYS

約20年振りに映画館に行った。
銀座近くの有楽町マリオン。丸の内ピカデリー。

ここ20年、見たい映画は全てDVDで見ていたし、大概の邦画は1年も経つとTV放映されてた。
今回の映画もどうせ1年も経てばTVでやるだろう…
明るいうちに劇場に行って、暗い中で何で映画を見る必要があるんだ…

ところが今回は、実家方面のSさんから“熱烈”メールが来た。
メールの詳細は省略するとして、内容は「近年にない出来栄え。感動すると思う」云々….
そうですか、そんじゃ行ってみますか、主演は(山口百恵の相方)三浦友和でもある
ことだし…

「RAILWAYS」公開初日の12月3日(土)、劇場へと出かけた。
約八割の入り。でもさすがにロビーは混雑してる。
入った途端、ここは富山か?と思うくらい富山の匂いで溢れてる…,
どこが?と、聞かれても言葉に窮するが、ニュアンスが全て富山である。
標準語を使ってはいても、どこがか富山、雰囲気が富山、 そんな感じである。

30分程度の予告放映の後、いざ上映開始。
しょっぱなから黒部川を渡る地鉄電車の風景が始まる…

地鉄電車、正式には富山地方鉄道。
電鉄富山→宇奈月温泉(本線)、電鉄富山→岩峅寺(上滝線)、寺田→立山(立山線)で
成り立つ地鉄は、完全に富山・呉東地区の生活と密着している。
本線は、高校時代の通学電車だった。
そして岩峅寺には(入り婿だった)亡父の実家がある…
今でも、何かあれば宇奈月温泉で宴会、ってパターンとなる…

富山全体の風景を描くはずの今回の映画も、
(地図上で東京から見て右半分の)富山県・呉東地方の人間しか解らない雰囲気や
地名が連発される。
こんなの他県の方々に見せても、まず解ってもらえないなぁ、って感じの展開である。

ストーリーは、ごくごくありきたりの定年を直前に控えた夫婦の葛藤を描いている。
職場が地方鉄道の運転士だった、ってだけの話である。
この年代になると、当然のように女性が強くなる。
何で今更?ってスタンスで、怖いものなし、って状態になる。
そんな40代後半から50代前半の主婦の姿を、余貴美子が好演している。

でもやはり主演の三浦友和が目立っていた。
伝説1970年代の伝説の歌手・山口百恵の相方としてしか注目されなかった三浦友和が
定年間際の独特の“加齢臭”を醸し出している。
そしていつの間にか“背中で演技”するようになっている。

何度も言ってしまうが、
今回の映画は富山・呉東地区以外の人間に理解しろと言っても、
無理な部分が多かったように思う。
どんなに北アルプスと日本海のコントラストが美しくて、サクラの季節がいかに凄いかを
見せたとしても、あの独特の匂いを嗅ぎ取るのは無理と思う。

但し、今回の映画は富山県・呉東地区を、根っこから紹介するためのCM映画としては
最高の出来栄えと思う。
映画が終わって、劇場を出て、郷土料理を食べに行った。
そんな映画だった。


2011年12月03日

読売巨人軍の内紛に見る日本の企業統治

1960年~70年代、「巨人、大鵬、卵焼き」というキャッチコピーが流行った。
日本国民の誰もが(その三つを)好きという意味だった。
ご多分に漏れず、自分は巨人軍のファンであり、主砲・長嶋茂雄に憧れた。
その背番号3を、例えば風呂屋や学校の下駄箱の番号に競って追及した。

巨人軍は、
(富山県出身の)読売新聞の初代社長・故正力松太郎が創設したプロ球団である。
毎日、朝日新聞が中等・高校野球をバックに購買部数を伸ばしたのと同様の論理で、
読売はプロ野球を推進していった。
読売巨人軍は、プロ野球の盟主として君臨するに至るための、
いわば“(読売の)広告塔”の役割だった。

今回の内紛は、巨人軍コーチ人事を巡り、
清武英利・球団代表兼ゼネラルマネジャー(GM)が、渡辺恒雄球団会長を批判し、
解任された“(単なる読売内部の)ゴタゴタ”である。
清武氏は、解任はコンプライアンス(法令順守)違反を隠蔽するための報復措置で
あるとして、訴訟を提起する構えである。

元々ゼネラルマネジャー(GM)とは、
米大リーグで使われ始めたポジション(人事的地位)である。
その基本的な役目としては、選手・コーチ・監督の人事権ならびに
関連予算の編成・執行権を行使することにある。
GMが一度決めた人事を、オーナーが“鶴の一声”でひっくり返すことはあり得ない。

一方、チームの敗退の責任はGMがとることになる。
今回の騒動の中で、清武氏は自らの責任について一度も語っていない。
清武氏はコンプライアンス(法令順守)違反云々を言う前に、
GM制度の本質を理解していなかったことになる。

ただ清武氏は犠牲者と言えなくもない。
日本の球界は素人に球団の編成やGMを任せている。
親会社から球団に来て実権を握り、マスコミに囲まれる。
そうするうちに自分を野球の玄人と思い込むようになり、
まるで監督かオーナーになったような気になる。

まして読売巨人軍は(往時のような絶対的なものではないにしろ)
依然として人気球団であり、露出度も高く、ごくごく自然に増長してしまう環境にある。
そうならないための(人間として)冷静に対処する努力は並大抵ではない。

今回の騒動が単なる“内ゲバ”かと言えば、それだけの話ではない。
日本のプロ野球の根幹に関わる問題をはらんでいる。
今回の泥仕合で曝け出されたのは、
株式会社読売巨人軍のコーポレート・ガバナンス(企業統治)の未熟さである。

結局、読売グループにとっては、清武氏のGM就任は“人事異動”の一環だった。
だから「GMの権限と責任」も、そして「契約年数」も明確にしていなかった。
一連の取決めがあれば、(少々残酷な言い方だが)
GMの仕事振りが気にいらなければオーナーはクビをきればよかった。
クビを切らないなら任せる。
単純な解決ができたはずである。

日本の伝統的な“鶴の一声”が効く世界も、そろそろ限界のようである。

2011年11月26日

丸の内 タニタ食堂

来年1月、「丸の内 タニタ食堂」がオープンする。
洒落れたカタカナ文字のレストランが乱立する国際都市・東京のド真ん中・丸の内で、
あえて純日本的を装う“少々ふざけた”感のするネーミングの食堂(レストラン)の開店が、
なぜ注目されているのだろうか。
ここには今後日本が考えなければならないテーマが含まれている。

株式会社タニタ。設立は1944年1月。
業種は精密機械。株式は非上場。本社所在地は東京都板橋区。
事業内容は計測機器の販売。資本金は5100万円。従業員は連結を含めて1200名。
計測機器をもう少し詳しく言えば、体組成計・体脂肪計や、料理用秤、タイマー、
活動量計、歩数計等の製造販売。

タニタの特記事項としては、日本で初めて家庭用体重計を「ヘルスメーター」と命名、
製造販売を開始した。
また世界で初めて体脂肪計や体組成計を製造販売するなど、常に先進の健康機器を開発、
製造販売している。

そのタニタが1999年、「健康機器メーカーの社員が太っていては示しがつかない」と、
低カロリーメニューを中心にした社員食堂が作られた。
メニューの特色は、定食スタイルで1食あたり500㌔カロリー前後、塩分3㌘前後と
なっている点。

そのうちタニタ社内で「腹いっぱい食べて痩せる」と評判になり、
そのレシピ本「体脂肪計タニタの社員食堂」が、シリーズ累計420万部という爆発的な
ヒットとなった。
出版業界では、くだんのレシピ本は写真を多用することから2万部売れれば御の字、
5万部以上ではヒットと言われるジャンルではある。
420万部という数字はまさに驚異的である。

最近の日本はTPP問題で揺れている。
「市場を開くか、閉ざすか」。「保護か競争か」。
鋭い対立軸が交差する土俵で議論は膠着している。
そして生かすか、殺すかといった極めて歪に単純化された議論の中で、
全体像が見えなくなってしまっている。

その中で、農業問題が最大の争点になっている。
進化から取り残された農業政策の中で、「農業は変わらず、農家は変わらず」が
声高に叫ばれている。
ただはっきり言えるのは、“変わらぬように見えてきた日本の農家”から、
いつしか農業を担う若い世代が消えていき、同時に活気も消えていった、
ということである。

これからは、甘言を弄せず痛みは認め、引き受けて、それに倍する果実を得るための
戦略・方法を練る時期であろう。
日米安全保障条約という足かせがある以上、交渉拒否は不可能である。
ならば早めに参加し、何を目標に、どう対応するかを考える時である。

日本全体に「守る」という言葉で、世界的な変化への対応を封じてきた面があるのは
否めない。
「守り」から「攻め」へ。
日本人の根幹の考え方(常識)を変え、日本人が営々と積み重ねてきた技術で世界に
挑戦する時期である。
その意味で、今回の「丸の内 タニタ食堂」は日本全体に今後の戦略に対する
大きなヒントをくれたような気がする。


2011年11月20日

カーネーション

自分は時計代わりにTVをつけっぱなしにしている。
その中で、日本の国営放送NHKは、まずCMがないし、
ニュース性からいえば他の民放局と比較にならないほど詳細で丁寧である。

従って、NHKを中心に流しておくことになるが、
NHK制作の朝の連ドラは、そのニュースの延長線にある。
その延長線にあることから、朝の連ドラは“元気のあるものがいい”と思ってきた。
朝から、さも架空な、メソメソした、わざとらしいキレイごとを見てしまうと、
その日のやる気を殺がれてしまうからである。

2011年度下半期の連ドラは、元気になる要素が詰まっているように思う。
カーネーションというタイトルを見た時、またメソメソ・シクシク・シリーズかと思った。
ところが最初のシーンから“岸和田のダンジリ”がガンガン来る!!
オトコもオンナも、熱気に溢れてる。
1年に1回のこの祭りをするために生きてんだ!!という圧倒的な活気があった。
これだ!!って思った。この活気が今の日本に必要なのだと…

大阪の最大の繁華街、心斎橋という単語も頻繁に飛び交っている。
何かあれば心斎橋、とっておきが心斎橋、そこで通用すれば日本でも一流、
という(大阪風or関西風の)設定を懐かしく感じていた。

今は亡き祖母が、京都住まいの実姉、通称“稲垣のおばちゃん”を訪ねて行く時、
何度か一緒に行った覚えがある。多分幼稚園の年長の頃と思う。
当然ながら全部とはいかないが、今でも克明に覚えているのだから、間違いなく
強烈なものだったのだろう。
特にその強烈なものの中心に、“心斎橋”という単語がある。
その心斎橋で食べた、多分アイスクリーム(今で言えばパフェだろうか)の記憶
が鮮明に強烈に残っている。
こんな不思議に美味しいものが世の中にあるのだろうかと…

そして京都の“しんなり”に対して、何で大阪はこんなに不必要に元気なのかという
不思議な感覚も、漫然と覚えている。
ここで住むようになったらごちゃごちゃにされる、というある種の恐怖感だった…

連ドラが進行していくうちに、これは岸和田・ダンジリの話ではなく、
コシノ三姉妹を育てた、小篠綾子さんの話ではないかと分かるようになってくる。

(余り関係のないことかもしれないが)小篠綾子さんの略歴は以下の通りである。
1913年(大正2年)大阪府泉南郡岸和田町(現在の岸和田市)生まれ。
大阪府立岸和田高等女学校中退
1934年(昭和4年)コシノ洋装店開業
1934年11月、紳士服テーラーの川崎武一と結婚
1937年(昭和12年)長女ヒロコ(弘子)、1939年(昭和14年)次女ジュンコ(順子)、
1942年(昭和17年)三女ミチコ(美智子)誕生
1945年(昭和20年)夫・川崎武一が中支で戦病死
2006年(平成18年)脳梗塞のため死去。享年92歳。

まぁ、これだけ分かってしまえば、後のストーリは自然に見えてくる。
呉服屋の長女として、一生糸にかかわる仕事に就けるようにと名付けられた綾子さんが、
ミシン一台だけで開業、昼は仕事を探して町中を御用聞きに回り、縫うものは何でも
引き受け、夜を徹して仕事に励み、三姉妹が世界的なデザイナーとして活躍するように
なった後も、岸和田で洋装店を続け、その“がむしゃらな人生”を終える。

ドラマ上の主人公の糸子を演じる尾野真千子もいいが、その父親役の小林も秀逸。
その他、大阪のある種不必要な、独特のエネルギーを感じさせる役者でシッカリ
固められている。

昭和から平成へ、そして20世紀から21世紀へと時代が変わり、グローバルという
単語が頻発されるようになって、日本全体に元気がなくなっている。
尋常でない、常識では考えられない(大阪風or関西風の不必要に元気な)気持ちや
エネルギーが、今の日本には必要なのかもしれない。

【付記】
先週、自分の行き付けの銀座のクラブに、全く何の前触れもなくフワッツと、
コシノジュンコさんが現れたそうである。
当然のように大騒ぎになったが、「カーネーション、見てくれてる?」と聞かれ、
店長以外は全く何のことか解らなかったそうである。

一般常識を知ろうとする努力をしようや、クラブHのスタッフの皆さま!!

2011年11月19日

プロとアマの差

2011年の三井住友VISA太平洋マスターズは、
アマチュアの松山英樹(19歳 東北福祉大2年)が、通算13アンダーの203で逆転優勝した。

アマのツアー優勝は、
1980年の中四国オープンの倉本昌弘、
2007年のマンシングウェアKSBの石川遼に続く、
史上3人目の快挙である。

松山英樹は4歳でゴルフを始め、
08年高校選手権優勝、09年日本ジュニア選手権優勝、
10、11年のアジア・アマチュア選手権で2連覇、
11年のマスターズ・トーナメントは27位でベストアマチュア。
燦然たる戦果ではある。

しかしプロゴルフの世界で、
アマがプロの世界に乗り込んでプロに勝つという状態は、それが世界的にも著名で、
有名なプロが集う三井住友VISA太平洋マスターズとあれば、驚かざるを得ない。
石川遼の活躍といい、今回の松山英樹の例といい、
ゴルフの世界ではプロとアマの差はなくなってしまったのだろうか。

ここ50年のスポーツの世界で、アマが絶対にプロに勝てないと思ってきた世界が、
野球、相撲、そしてゴルフの世界だった。
それが時代の推移と共に、そうした常識が通じなくなっている。

ただ将棋や囲碁のような“頭を使う”業界では依然としてプロとアマには
大きな差があり、簡単には超えられそうにはない。
しかしその“頭を使うべき”世界のひとつである金融の世界では大きな変化が起きている。

21世紀に入ってからのIT技術の進歩で、金融相場関連の世界では、
プロとアマの垣根がなくなってしまっている。
極端に言ってしまえば、プロの集団であるべき金融の世界は、
アマに牛耳られる世界となってしまっている。

ここにきて、日経平均株価など、
世界の株価指数を対象に取引する「株価指数証拠金取引=株価指数CFD」が注目され、
ジワジワ拡大し始めている。
証拠金を預ければ、レバレッジを利かせて何倍もの金額の取引ができる仕組みで、
外国為替証拠金取引(FX)取引の株価指数版である。

株価指数CFDが注目された理由のひとつに夜間取引がある。
東京金融取引所「くりっく365」の場合、取引時間は午前8時半から翌朝午前6時まで。
ごく普通の会社員が帰宅してから取引できるという魅力は勿論だが、
それ以上に夜間には値動きが大きくなるという傾向も見逃せない。

かくして日本の個人投資家は、世界の為替や株式市場に積極的に乗り込んで、
アナクロな建前を前提とする既存の金融機関、特に地方銀行等の地域金融に対して、
もはや知識の上でも、技術の上でも、完全に凌駕するに至っている。
果たしてどちらがプロなのか、といった状態になりつつある。
笑えない話ではある。

2011年11月13日

TPP(環太平洋経済連携協定)と日本の農業

亡父の実家は立山連峰の麓に位置する、代々の米作り農家である。
母親の実家、つまりは自分が生まれた実家は、代々が網元の血筋。
こうした相対の領域を合わせようとして、縁組が成立したものと思われる。
コメとサカナがあれば、双方、とりあえずは食うに困らない。

日本のコメ作りは「安定」の代名詞だった。
そして「今年は不作でも来年は豊作だろう」とする日本独特の“待ち”のスタイルは、
コメ文化から出来上がった。
そうした日本伝統の「“昔ながら”に立ち位置を定め、変化に抵抗する」スタイルの
代表が日本の農業だった。

TPPの最大の争点になっているのが農業問題である。
市場を開くか、閉ざすか。
保護か競争か。
鋭い対立軸が交差する土俵で議論は膠着している。
そして生かすか、殺すかといった極めて歪に単純化された議論の中で、
全体像が見えなくなってしまっている。

日本の政治の世界で農業(農家)という票田は、過去も現在も、そして多分将来も、
選挙の行方を左右する広大な大地である。
肥料を過剰に投じてでも、絶対に手放せない。
こうした政治家の思惑を背景に、進化から取り残された農業政策の中で、
「農業は変わらず、農家は変わらず」が最大のテーマとなってきた。

日本がコメ市場の部分開放を決めたのはウルグアイ・ラウンド合意の1993年。
進化の方向を定義すべき分岐点だった。
「1年1兆円、6年で6兆円」の税金を投じられたが、
その効果はあったのだろうか。
その検証も曖昧にされたままである。

はっきり言えるのは、“変わらぬように見えてきた日本の農家”から、
いつしか農業を担う若い世代が消えていき、同時に活気も消えていった、
ということである。

日本国民の食を担っている農業が滅びていいなどと思っている人間はいない。
ただ日本の農家および国民の代弁者として、むやみに拳を振り上げる政治家の姿には
アナクロな違和感がある。
明確な理由付けもないまま、ひたすら考え直せと迫る姿は、「弱者側を装う脅かし」
ようにも見える。

TPPが苦いか酸っぱいかは解らないが、とりあえずは「良薬は口に苦し」。
改革の痛みを伴わないTPPには意味がない。
これからの政治家は、甘言を弄せず痛みは認め、引き受けて、
それに倍する果実を得るための戦略・方法を練る時期であろう。

日米安全保障条約という足かせがある以上、交渉拒否は不可能である。
ならば早めに参加し、何をを目標に、どう対応するかを考える時である。
仮に日本側に譲るものがあるとすれば、米国の身勝手な要求に「No」と言える
勇気もまた必要である。

日本の農業には「守る」という言葉で変化を封じてきた面があるのは否めない。
農業を特殊な世界と位置付けないところからスタートすると、可能性に満ちた世界
に辿り着く。
「守り」から「攻め」へ。
日本人の根幹の考え方(常識)を変え、日本人が営々と積み重ねてきた技術で
世界に挑戦する時期のようである。

2011年11月07日

東京銀座、秋の風

11月になっても、夏物が仕舞えないでおります。
人一倍暑がりの自分は、
11月になっても夏物の薄物じゃ、なんぼなんでもって感じで、
無理して秋物のパンツをはいてる、って状態。
平生はハーフパンツにポロシャツとTシャツの重ね着が定番。
それでも5分も歩くと汗ばむといった状態で、オレって“変態”なのかな、
などど自嘲気味に考えております。
明日、11月8日からはグッと気温が下がるとの予報が出ておりますが、
果たして本当でしょうか?

本ブログに恒常的にアクセスを戴いている複数の方々から、
「たまには“銀座モノ”を書けよ!」とのリクエストが参っております。
言っておきますが、私は銀座関連の専門家ではありませぬ。
どうせ「飲み屋界の状況を知らせよ!」ってことでありましょうが、
行っている店が変わったわけでもなし、積極的に新規開拓をしたわけでもなし、
至って淡々とした毎日であります。

最近の銀座の変わった点と言えば、「百貨店戦争」が激化していてことでしょうか。
「有楽町阪急」が「阪急メンズ・トウキョー」として新装開店。
そして「西武有楽町店」の跡地に「ルミネ有楽町店」が新装開店。
確かに「阪急メンズ・トウキョー」ができたことで、銀座一帯が女性の街と化する
のを防いだって感じのする展開ですが、ルミネが出店したことで、またまた女性の
数が増えたような気が致します。

こうした流れの中で、老舗の松屋・三越が連携するなど、銀座全体が刺激を受け、
盛り上がっているのは間違いのない事実のようです。
でもまぁ、自分などは、ユニクロ製品くらいには手が出るとして、この不景気な折、
高級衣料に手が出るほど余裕がありませぬ…
ただひたすら、女性のすざまじいパワーを感じている次第であります。

では本題の銀座のクラブ界について少々触れてみます。
銀座の飲み屋街は、12月の書入れ時を控え、もはや師走モードに入っております。
どうやって客のカネを落とさせるか…

オーナー連やら長老連から、まず今年の景気の状態を聞かれます。
答えはひとつで、
「空洞化現象が目立つ昨今、上か下かのどっちか。中間はございませんです。」
つまりは、銀座に来るヤツは、不況だ不況だと言いつつ、間違いなく来るし、
来ない方々にとっては銀座のクラブなど、全く無縁の世界であります。
それが昔からの銀座の百年一日のパターンであります。

ただ少なくとも往時の、例えばバブル時のような滅茶苦茶な破天荒な飲み方を
される方は間違いなく減ったようです。
自分などは「変な値段をつけたらもう来ないからな!」と、最初から予防線を
張っておりますです。
バカ高い店で、エイヤッツと、ドンチャンやる余裕などありませぬ!

そして12月を前にしたこの時期、引退を表明され、去って行かれる女性連が
多いのも特徴と言えば特徴かもしれません。
銀座のクラブ界は、
「日本中で選りすぐられた女性の、人生で一番ウツクシイ時を、一番ウツクシク着飾って
高いカネを取る世界」
でありまするから、そうした誇り高き女性たちは、全体の雰囲気を本能的に察知し、
自分の引き際については敏感に感じとっておられるようです。

自分の狭い守備範囲の中でも、今年の秋も数人の女性が去って行きました。
いつもながらの銀座の風景であります。
東京銀座の秋…
時代が変わり、周囲の風景が変わっても、根幹は何も変わらないような気が致します。

2011年11月06日

TPP(環太平洋経済連携協定)を検証する

関連協定について定義することから始めたい。
まずFTA(Free Trade Agreement )。
これは「自由貿易協定」と訳されているが、物品の関税、その他の制限的な通商規則、
サービス貿易等の障壁など、通商上の障壁を取り除く自由貿易地域の結成を目的とした、
2国間以上の国際協定で、地域経済統合の中では緩やかなものとされている。

次にEPA(Economic Partnership Agreement)。
これは経済連携協定と訳されているが、自由貿易協定(FTA)を柱として、
関税撤廃などの通商の障壁だけでなく、締約国間での経済取引の円滑化、経済制度の調和、
およびサービス・投資・電子商取引等のさまざま経済領域での連携強化・協力の促進を
も含めた条約である。

FTAとEPAの違いは、FTAが物やサービスなどの物流をその対象にしているのに対し、
EPAは物流のみならず、人の移動、知的財産権の保護、投資、競争政策など、
幅広い連携であり、両国または地域間で親密な関係強化を目指す条約である。

そしてTPP(Trans-Pacific Partneship)。
環太平洋経済連携協定と訳されているが、加盟国の間で工業品、農業品を含む
全品目の関税を撤廃し、政府調達、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなど
における全ての非関税障壁を撤廃し、自由化する協定である。
EPAの拡大版と捉えてよさそうである。

TPPは米国を中心に経済的弱小国8か国でが参加予定だが、
このメンバーではオバマ大統領の悲願である「輸出倍増、雇用拡大」は
達せられないと、2010年、日本にも参加要請してきたものである。

菅首相(当時)は、「自由貿易推進」のスローガンの元、「平成の開国」として
早々に参加を表明している。
しかし関税を撤廃すれば、崩壊しかねない農業界を中心とした反対もあり、
棚上げにされてきた。
それが野田現首相の「11月のAPEC開催までに態度を決定する」との発言で
一気に息を吹き返している。

仮に日本が加わった場合、全加盟国のGDPの9割を日米が占める上、
日本はすでに加盟予定国9か国のうち、米豪ニュージーランドを除く6か国と
二国間協定EPAを締結していることから、結論的にTPPは日米貿易協定と考えてよい。

大きなポイントは、TPPが
「2015年までに農産物、工業製品、サービスなど、全ての商品について、例外なしに
関税その他の貿易障壁を撤廃する」ことを目標にしている点である。
そして「サービス」に金融・法律・医療・労働・保険・公共事業も含まれことも
大きなポイントになっている。

TPPの本質は、
農業や関税だけの問題ではなく、規制撤廃により、全てを市場に委ねる
(欧米流)市場原理主義をベースに、日本が更なる構造改革を迫らものである。

賛否両論が噴出しているが、日米安全保障条約がある以上、一連の軍事問題を米国に
頼り切っている日本は、米国の要請を断り切れまい。
今回のTPP問題は「(中国包囲網造成のための)第二のプラザ合意」と捉えるのが自然
であろう。
かくして日本はなし崩し的に「“(自力での)再出発”せざるを得ないことになる」と思う。 .

2011年10月29日

サイバー戦略を検証する

2001年2月に「インターネット犯罪者」という翻訳本を刊行している。
IT用語のオンパレードで、専門の英和辞典を片手に、汗みどろの翻訳作業をしながら、
実際にこんなことがあり得るのかと、実は半信半疑だった。
ところが10年を経過して、実際にサイバー攻撃が現実のものになっている。

国や企業の秘密を盗み、核関連施設等の安全を脅かすサイバー攻撃。
米国防省は7月、「サイバー戦略」を発表、
サイバー空間を陸・海・空・宇宙並ぶ新たな「作戦領域」と位置付け、
サイバー攻撃対して通常兵力などで対抗する可能性を示している。
「キーボード対巡航ミサイルの戦いもあり得る」としたのである。

9月中旬に発覚した三菱重工業へのサイバー攻撃の輪郭が見え始めている。
3種類の異なるハッキング技術が使われ、大手IT(情報技術)企業の上級技術者と
同等の力量を持つ複数のハッカーと、それを束ねる指揮官が、
かなりの時間をかけて仕掛けた組織的な犯行と結論付けられている。

攻撃は従業員の知り合いを装うメールに添付されたコンピュータウイルスから始まり、
会社の組織図や社員のメールアドレス、交友関係などの情報を集めた人物がいた
ことになる。
ウイルスを外部から操るには、隠れた場所でサーバーを運営する技術も必要に
なってくる。まさに「プロの集団」である。

警視庁公安部は
「サイバーインテリジェンス(サイバー空間を通じて国の治安や外交を揺るがすスパイ活動)
の被害が表面化した国内初の事例」
と位置付け、今回の攻撃を「国家への脅威」と認定している。

巷間では、敵が見えず、実際の被害が想定できないことが危機感を募らせており、
サイバー攻撃は近い将来警察の主戦場になるとし、
今回の事件でどこまで攻撃者に迫り、捜査能力の高さを示せるかの、
大きな試金石となるとの見方をしている。

また最近、金融機関のネットバンキングの利用者が契約者番号やパスワードを
抜き取られ、預金を別の口座に送金されて奪われる被害が、今年の4月以降全国で
103件に上っていることも注目されている。

これまでは、電子メールなどで偽のホームページに誘導し、
入力させたパスワードを不正に入手する「フィッシング」と呼ばれる手口が主流だったが、
今年になって、ウイルスを使った手口が発覚している。

かくして、金融・電力などのインフラをコンピュータ攻撃でかく乱して経済活動を
停滞させ、現実空間でも攻撃を起こすといった、複数の手段を併用し、
同時多発的なテロを起こされたら現在の日本はひとたまりもない。

考えてみれば、ややこしい時代になったものである。
いずれにしても大震災と原発事故に直面した日本の危機管理は、
サイバー攻撃でも試されることになる。
いつものワンパターン、「全くの想定外だった」では許されない。

2011年10月23日

アップルを超えるのは誰か

PC(パーソナルコンピュータ)を使い出して、かれこれ15年以上にもなる。
その間、一貫して東芝製のダイナブックを使用してきた。
買い替え総数12台。
ほぼ1年に1台の割で買い替えてきたことになる。
(キーボードの)キーを必要以上に叩き付けて壊したことも要因だが、
最大の要因は次から次へと新製品が発売されてきたからである。

ビデオの「ベータ対VHS」の熾烈な戦いの中でベータを選択して敗れたことで、
「マッキントッシュ仕様にするか、ウィンドウズ仕様にするか」にも当初は大いに悩んだ。
ただIBM製品と互換性があったことがダイナブックを選択させる要因にもなった。

そして15年経過した今、IT機器の入力方式はキーからタッチパネルへと変わりつつある。
この流れは「アップルのマッキントッシュ」を真似た「マイクロソフトのウィンドウズ95」
の登場で、キー入力からマウスに移ったのに似ている。
しかしアップルの多機能端末「iPad」は、そのマウスさえも葬り去ろうとしている。

10月5日に衝撃的な死が伝えられたアップルの共同創始者・スティーブ・ジョブズの姿は、
アップルの新製品が発売される度にTV画面に登場したことで、その“異質な雰囲気”は
嫌でも脳裏に叩き込まれた。
Tシャツにジーンズ、そして坊主頭。
世界の最先端をいく企業のトップとしては異様だった。
その異様性はどこから来たのか…

同氏の死後、ようやくにしてその理由が解った。
スティーブ・ジョブズは「日本の禅」に傾倒していたのである。
日本の禅が「ZEN」として全米でブームとなる1955年生まれのジョブズが、
10代の日々を過ごしたのが60年代後半。
「ZEN」は、当時の反体制、ヒッピー文化の思想基盤の一つともなっていた。

「政府機関や大企業が独占するコンピュータを、オレ達も所有できる時代を作るんだ」
というのが、当時のジョブズら、コンピュータに興味を持つ若者の熾烈な動機だった。
それが世界初のPCである「アップルⅠ(1976年発売)」を生み出すことになった。

興味深いのは、ジョブズ自身がプログラマーでも技術者でもなかったことである。
アップルⅠも、そして1977年発売されて大ヒットにもなるアップルⅡも、
製作したのは5歳年上の友人で、天才的技術者であった共同創始者の
スティーブ・ウォズニアックだった。

むしろジョブズが技術者ではなかったことから、常識にとらわれない発想で、
製品の理想形をイメージできた。そして技術者に無謀な注文を出し、
何が何でもその無謀な注文を完成させてしまうことがジョブズの凄さだった。
結局アップルの成功は、斬新な技術やデザインと、ジョブズの情熱と交渉力だった。

かくしてジョブズには
「スピーチの達人」
「容赦のない厳しい上司」
「魔術師」等々の形容詞がつけられることになったが、
ジョブズ亡き後のITの世界は果たしてどこに向かうのであろうか。

アナログな自分は、ただひたすら世界の激流に必死こいて随いていくしかないが…


2011年10月15日

拡大し続ける個人為替取引

つい最近、誠に遅まきながら「携帯メール」の世界に入いり込んだ。
このままじゃ世の中の動きに遅れるとのあせりからだったが、
慣れるにつれ「こんな便利なものはない」とまで思うようになっている。

これまではラップトップ型PCの世界にドップリ浸っていたが、
立ち上げに時間がかかり、瞬時の動きを逃すことも多かった。
最近惜しまれつつ亡くなったアップルの創始者・スティーブ・ジョブズが
「PCの世界は終わりに近づいている」と宣言したが、 確かにPCの世界から、
携帯=iPadの世界に移行し始めているのは否定できないようである。

そうしたIT環境の中で、外国為替証拠金(FX)取引の市場が急拡大している。
今から5年前あたりから「ミセス・ワタナベ」と揶揄された日本の個人投資家が
世界中でクローズアップされたが、リーマン・ショックで一旦自然消滅した格好と
なったものの、またモクモクと湧いて(!?)出てきている。

市場の推定だが、証拠金残高は初めて1兆円を突破したと伝えられている。
なんだ1兆円か、と言われるかもしれないが、
「平均して証拠金の5~6倍で取引する投資家が多い」中で、
倍率を平均6倍で単純計算すると市場規模は6兆円ということになる。
これは7月末で5兆7千億円と発表された日本の居住者の外貨預金を上回ることになる。

為替の世界は24時間取引でき、昨今のTV番組のレベル低下を考えれば、
確かに秋の夜長などには結構な題材となる。
ピコピコ動く為替レートを見ながら、世界の市場に入っていく真剣勝負の醍醐味は、
一度味わったらなかなか抜け出すことは困難である。

幾多の大相場を経験したことで、言葉を変えれば損失をしていたことで、
日本の個人投資家も随分とレベルが上がってきている。
以前のような“パチンコや競馬のノリ”での取引は自然と影を潜めるようになっている。
長い時間をかけて修練したことで、今や銀行の若手の専門家=為替ディーラーを
凌ぐ知識と能力をお持ちの方を頻繁に見かけるようになっている。

かたや世界に散らばる超専門のプロ集団は、コンピュタープログラムを使って、
1000分の1秒単位で注文を出す「超高速取引」を外国為替市場でも広げている。
株式市場でノウハウを蓄えた欧米のヘッジファンド等が為替市場に持ち込み、
ここ数年でその存在が高まっている。

国際決済銀行(BIS)が9月末に発表したリポートに拠ると、
超高速取引の直物全体に占める割合は25%としている。
とは言え、この超高速取引に欠陥がないわけではない。
命令系統が全てコンピュータである結果、信じられない損失リスクも併存している。

「相場は機械がやるものでなく、人間がやるものである」との古来から定説に拠ると、
こうしたスピード競争だけで勝ち続けることは不可能である。
「人間VS機械」の勝負は、結局は「人間が勝つ」ことはリーマン・ショックが
見せつけている。

とにもかくにも時代は変わった。
好き嫌いは別にして、時代の流れについていける知識・能力は必要なようである。

2011年10月09日

ドイツとギリシャを巡る争点を探る

最近、混沌とした世界情勢を映し出そうとして、TV画面にギリシャのストライキの
模様が頻繁に出てくる。
ただ、あのストライキ、憤懣をぶつける相手を間違っているように思えて仕様がない。
自分たちが自助努力をしないで、誰かが何かをしてくれる、誰かが助けてくれると
考えているようにしか見えない。
何か筋違いのように見えて仕様がない。
ギリシャとドイツ。この真逆にいる国の立場について考えてみたい。

欧州統合通貨の議論は1970年のウェルナー報告にさかのぼる。
西ドイツ(当時)、フランスなどの欧州共同体(EC)6ヶ国が
単一通貨への段階的移行への構想を描いた。
この流れは1989年のドロール委員会報告に引き継がれる。

通貨統合は、欧州域内でモノ(貿易)、ヒト(労働)に続いて、
カネの流れも自由にする欧州統合の大目標だったが、
これを後押ししたのが1989年の冷戦終結とその後の東西ドイツの統合だった。

統合ドイツが強くなりすぎるのを恐れる近隣諸国の懸念を緩和するため、
ドイツは自国通貨マルクを捨て、通貨統合に進む道を選択した。
通貨統合前には目標相場圏である欧州通貨制度(EMS)の下で、変動幅の調整や
加盟国の増減を繰り返してきたが、ユーロ誕生で域内通貨が一つになり、
域内企業は為替変動に悩まされることはなくなった。

ユーロ相場は、創設時の1ユーロ=1.17㌦台から、2000年には0.82㌦台まで
売り込まれる。
しかし2002年にユーロの現金流通が始まった頃から上昇基調に入り、
リーマン危機直前の08年に一時1.6000㌦台にまで上昇する。
そして09年末のギリシャ危機以降は、下押し(ユーロ売り)が先行している。

ギリシャの現在の財政状況は、国債発行による自力での資金調達はほぼ不可能に
なっており、EUやIMFの融資に資金繰りを依存している。
このままでは10月末にも資金が枯渇する見通しで、
12月の64億ユーロの国債償還の手当はできていない。

今回の一連の危機は、
域内の金融政策は欧州中央銀行(ECB)に一本化されている一方で、
財政政策は17ヶ国が独立して運営するという、
ユーロ発足当時から指摘されきた最大の弱点が表面化したものである。

そもそもドイツは、ギリシャをユーロに迎え入れることに抵抗があった。
勤勉なドイツ人は、“役人天国”と言われるギリシャが怠惰に映り、
経済的に脆弱な国を迎え入れれば、そのツケを払わされるという思いが強かった。

ドイツ国民は、第一次大戦後に経験した天文学的なインフレが“トラウマ”と
して残り、物価安定に極端に敏感であった。
そして「ユーロ+欧州中央銀行(ECB)」は、
世界最強を誇った「マルク+ドイツ連邦銀行(独連銀=ブンデスバンク)」の
生き写しであるべきであるとの思いが強かった。

そうした「強い通貨+強い中央銀行」を目指してきたドイツにとって、
ギリシャ等の南欧や中・東欧が加わることで変貌し始めたユーロを複雑な思いで
眺めている。

確かにドイツ国民は「必要以上に心配性である」との見方もある。
ただ一方で、困った人々を救済すべしとするキリスト教的精神も強い。
最終的には、
納得がいかなくても「ユーロ体制を維持する」との結論を出すと思われる。

「たゆたえど沈まぬユーロ」が、今回の一連の危機のキーワードと思う。

2011年10月01日

日本のプロ野球に明日はあるか

暑い暑いと言っているうちに気がつけばもう10月。
4月から始まった日本のプロ野球もエンディング・テーマが流れ始めている。
ただでさえTV番組の質の低下が言われる昨今、またお笑い中心の、
長い冬眠の時期を迎えようとしている。

その日本の球界も、市場の伸び悩みに直面している。
プロ野球に起こった劇的な変化は、放送権事業の衰退だった。
地上波放送の視聴率の低下が顕著で、黄金コンテンツだった巨人戦も、
視聴率のピークだった1983年の27.1%からほぼ下落の一途を辿り、今や7~8%台。
そして1試合1億5千万円とされた放送権収入は年ごとに下落。
「人気球団のふんどしで相撲をとる事業モデル」が成り立たなくなっていった。

日本の企業がプロ野球球団を持った最大の理由。
それは広告塔しての役割であった。
日本のプロ球界は、押し並べて新聞社と鉄道会社がリードしてきた。
読売は、先発グループの毎日、朝日が中等・高校野球をバックに購買部数を
伸ばしたのと同様の論理で、プロ野球を推進、盟主として君臨するに至っている。

一方関西(主としてパリーグ)では、阪急電鉄の創始者である小林一三モデル
「宅地開発により沿線住民を増やし、ターミナル駅や沿線に百貨店などの商業施設や
娯楽施設を開業して鉄道利用を促す」
「その中でプロ野球事業を集客力向上やイメージアップの切り札にする」
が定着していった。

南海・阪神・近鉄、九州の西鉄、東京の東急、西武もまた同じ経営論理の展開であった。
ところが、広告塔の役目が終了し“(関西風に言う)元を取った”結果、
高給取りを忌避、帳簿ズラを合わせる経営論理が先行する流れとなってきた。

放送権料がほとんどなかったパリーグは2004年の球界再編を機に、
先行したダイエー(現ソフトバンク )に倣って「地位密着」に舵を切り、
07年に共同事業会社を設立、収入増を模索してきた。
ただその会社も規模が小さく、本質的な解決にはなっていない。

現実的には、セリーグとパリーグが一体となった対策は何もなく、
「リーグ全体の事業を大きくしたい」とする掛け声はあっても、
総論は賛成、各論は球団の思惑が絡みなかなかまとまらない、という結果になっている。

特に今年は、東日本大震災に絡んでシーズン開幕延期を巡る騒動が起き、
世間の常識とずれた“(プロ野球)ムラの論理”が露呈した。
横浜ベイスターズの売却が囁かれる中で、箱庭組織からの脱却は進むのか。

グローバル化の進捗で、米大リーグは勿論、サッカーを中心に世界中のスポーツが
楽しめる時代となっている。
そして既存の「親会社に頼り切る日本の球団経営」は完全に行き詰まっている。
果たして日本のプロ野球が魅力あるコンテンツとして継続し得るか。

抱えた問題は余りに多く、簡単に解決しそうにない。
いっそのこと米大リーグの傘下に入った方が一気に解決するような気がするが、さて…

2011年09月26日

隣は何をする人ぞ

本ブログに、つい1週間前、残暑見舞いを載せた途端、大型台風の襲来、
そして遅まきながら秋の足音が聞こえ始めました。
皮肉と言えば、全く皮肉っぽい展開ではあります。

17日から25日の9日間に三連休の2連発、そして大型台風の襲来で、
実質的に活動できたのは2日という、至って変則的な日程の中で、
皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか?
今回のように小刻みに休みを挟まれると、かえって疲れませんか?

長年知り合いの銀座のクラブのマネージャーなどは、
「9末に向かって2日の営業じゃ、上がったりですわ…」などと申しております。
確かに“水”関係の商売の最大の敵は、やはり“水(=雨)”になるようです。

ただ間違いなく涼しくなってきたのは事実。
6月から始まった夏が、9月末にもなってようやくエンディング・テーマが聞こえ
始めました。いやぁ、ほんとに長かったデス。
湿気のある暑さには滅法弱い自分にとって、ホント救われます。

涼しくなると同時に、目に見えて食欲が増進しております。
冬眠中の熊がムックリと起きだして、エサをむさぼるといった状態。
特に炊き込みご飯がことのほか気にいって、3合などはアッという間。

自分が住まいする地域には松竹梅の三段階のスーパーがありまして、
たまたま入った“松”のスーパーで見つけた“炊き込みご飯の素”がスグレもの。
ザギン界隈の専門店で食べるよりは美味しいと自負しております。

ネタを明かしますと、通常の米とモチ米を5対1の割合、つまり3合炊きだと
通常の米を2カップ半とモチ米を半カップ、その割合で通常よりは大目に水洗いする。
そして富山の米ですので、立山の水を使うと、絶妙な味に出来上がります。
あまりに美味しいので知人等に配って、喜んでもらっております。

話を変えます。今のマンションに住みだして10年をはるか超えております。
築35年の古いマンションですが、隅田川の傍で、ザギンやギロッポンにも近く、
終の棲家とも考えております。

ご存じのように都会のマンションでは隣人同士の付き合いは全くと言ってありません。
一旦付き合い出すと、それを継続するのが面倒だという意識は間違いなくあります。
だから不用意に声をかけないし、お互い無視をする振りを致します。

ただ10年をはるか超えてしまうと、自然に隣人の動きが解ってしまいます。
エレベーターで出会うのも仕様がないことだし、全く無視を決め込むのも大人げない。
かような流れから、相手が何様であるかが解ってしまうのも致し方ないことです。

自分の部屋のななめ向かいに、少々年齢が離れたカップルが住んでおりました。
そうですね、5年くらいでしょうか。
そのカップルが頻繁に喧嘩をする。原因はわかるはずがありません。
なぜケンカをするのが解るかというと、(若い方の)女性が泣きじゃくって、
エレベーターに駆け込んでくるのに頻繁に出会ったからです。
頭はクシャクシャ、着ているものは着崩れたジャージ、化粧っ気は全くなし。
そんな姿を何度も見ていました…

ある日、コンビニで、着飾った化粧バッチリの若い女性から挨拶された。
あんたは誰???
それはくだんの“いつもスッピンの着崩れたジャージ姿の女性”でした。
聞くともなく聞いたら、くだんの彼氏と別れたとのこと。
女性ってホント強い。見返してやるんだ、という迫力満々。
だから何んだ?と聞かれても答えに窮しますが、女性の執念を見たってことです。
あまりに別人なので驚愕したってことです。たったそれだけのことです。

いよいよ食欲の秋、酒が美味くなる秋が本格的にやってきます。 
秋深し 隣は何を する人ぞ

2011年09月24日

「川口語録」の研究

最近、少々気になっている人物がいる。
あの“はやぶさ”のプロジェクトチーム主任研究員の川口淳一郎氏である。
奇跡の生還を果たした“はやぶさ”は、今や日本のヒーローであり、
暗い日本の救世主であり、最近では映画化もされている。

正直言えば、宇宙そのものには全く興味がない。
そんなはるか彼方に行ってどうすんだ、っていう、至って単純な見方をしている。
何故なら自分は、宇宙よりも壮大で複雑に思える“相場”に対峙しているからである。
しかしそのはやぶさを生還させた人物には興味がある。

今週は趣向を変えて、(手抜きではありません、念のため)
最近の日経新聞夕刊連載コラム「人間発見」に1週間にわたって掲載された
宇宙航空研究開発機構(JAXA)教授、川口淳一郎氏のインタビュー記事を紹介したい。

敢えて論評は避けようと思う。というより、そんな論評は不必要である。
氏の言い分には現在の日本の諸問題の打開策が隠れていると思う。

「小学校6年生の時、めがね屋で買ってきたレンズを塩化ビニールの筒に固定して
望遠鏡を作りました。父は私が作るのを黙ってみていましたが、
レンズの固定の仕方など、私が解らないことを聞くと教えてくれました。
「まずは自分で考える」という訓練だったようです」

「東大大学院時代の恩師から聞いた『今見えているものはみんな過去のもの』との
話に納得し、「学び」」から「研究」の世界に目覚めました」
「教科書や論文を読んでも過去のことしか分からない。学びのプロになっていては
独創的なアイデアは生まれてこない。自力で考える訓練すべきであると思いました」

「東大大学院を修了して就職した文部省宇宙研究所には、独創的な考え方をする
“変人”が沢山いました。問題点を指摘するのではなく『こうしたらできる』という人ばかり
でした。そういう意見がどんどん出てくると、未解決な問題があっても「何とかなる」と
前向きに考えることができるようになりました」

「自転車が好きで、高校の頃は北海道を一周したり、(京大在学中には)京都から
(故郷の)弘前まで帰ったりしていました」
「私は小惑星探査機「はやぶさ」が地球に生還した時「意地と根性で何とかゴールさせた」
と言いました。「何が何でもゴールする」という点で、自転車は意地と根性を鍛えてくれた
のかもしれません」

「はやぶさが行方不明になってから以降、「はやぶさ」との通信が回復できるか否かは
「神のみぞ知る」です。失敗と成功を分けるのは「運」としか言いようがない。
すべてを尽くした後は神頼み。科学者といえども運に頼らざるを得ない部分もあるのです」

「私が通った弘前高校には独創的なことを言う人が認められるような雰囲気が
ありました。そういう弘前の風土が世界初のアイデアを育んでくれたのかもしれません 」

「惑星探査計画には目先の利益なんてありません。私がアポロ計画を見て「はやぶさ」に
挑戦したのと同じ気持ちで新しい技術開発に取り組む人が出てくれば、新しい日本が
見えてくるのではないでしょうか」

「一流国とは新しい文化を創造して次の世界をつくれる国だと思います。そのための政策、
人材育成、教育を考えないと未来はありません。財務省の関係者にそういう話をすると、
「独創性に対する投資は死屍累々で、何も成果に結びつかない。どうしたらいいんですか」
と逆に聞かれてしまいました」


2011年09月19日

季節外れの残暑見舞い

今日は3連休最終日の「敬老の日」。
でも季節外れのご挨拶を申し上げなければなりません。
本ブログにアクセスを戴いている皆様、心より残暑お見舞い申し上げます。

でも何でこんなに暑いんだ?
何で台風がノロノロ動くんだ??
暑さ寒さも彼岸までって言われておりますから、この暑さも今週金曜日の秋分の日まで
とは思われますが、とにかく蒸し暑い。
台風が持ち込む湿気がどうにもならなりませぬ。

この際、公式発表は無視。昨日の東京の街中は35度以上もありました。
少々外出致しましたが、もう汗みどろ!
で、連休明けはまたまたノロノロの台風をお迎えしなければなりませぬ。
10月を間近に控えてのこの状況、もはや異常というしかありませぬ。

そして中途半端に連休をもらっても、当方としては戸惑いばかりであります。
日本が休み、って言っても、海外市場は開いております。
従って、海外市場の動きを見ざるを得なくなります。

こうした休日には、道行く方々が、特にすべてのカップルがとっても幸せそう見えます。
何でオレだけこんなんだっ?って、思うのであります。
ザラザラした、ある種悲惨な気持ちになりまする。

こんな時は麻雀ゲームをすることに致しております。
自分の今使ってる麻雀ゲームは、エッツ、何でそんなに高いんだ、単なるゲームソフトだろ?
ってほどの値段ではあります。
がドッコイ、それはそれで相当のスグレモノ。

登場人物(相手)が、プロの雀師は勿論、ヤクザ屋さん、お相撲さん、プロ野球選手、
クラブのママさんや、渋谷界隈のヤンキー、麻雀がメシより好きなご隠居さんなど、
それこそ多士済々。
そして麻雀特有の出す声も、それぞれにリアル
少々考え込もうなら「早くしろ!!」「ハイハイ、朝までお待ちしますよ!」など、
自分がデカい手で上がろうものなら「何だと!!」「私から上がるの?」…
そして上がりの掛け声の「ロンッ!!」って掛け声がリアル過ぎて、思わずライターを
たたきつける(!?)のもしょっちゅうであります。

かくして、二台のPCを使い、一方では為替レートをチェックしつつ、一方では麻雀ゲーム
をする、っていうのが連休の時間の過ごし方であります。
何か空しい(!?)
はいッ、その通りであります。

ただ今回の連休中には、これまでにない“変わった”こともありました。
週刊新潮の編集部からの取材依頼。
これまで30年超愛読してきたあの週刊新潮からの取材であります。

エエッ、何事???何で自分が???と思いましたが、
よくよく聞いてみれば、テーマは「日本国債の崩壊の時」。
確かに「日本国倒産」シリーズを発刊してきた経緯あり、時間の経過と共に、
その内容が真実味を帯びてきたから、ってことになったようです。

ここ1年半、
世の中を煽情するような、ジャーナリスティックなモノを書くのを止めよう、
ジックリ自分を鍛え直そう、空っぽになった“頭の引き出し”に知識を詰めよう、
と、出版はしばらくご遠慮申し上げようと考えておりましたが、
どうやら動き出す時期が来ているようです。

そろそろ、ってですか??
そうですね、もう少し涼しくなったら本気で考えます。

では皆様、季節外れの暑さの中、どうかご自愛戴きますよう。


2011年09月17日

「日本国債の破綻の時」はいつか

最近の銀行の「窓口のキャバクラ化」が著しい。
この「銀行キャバクラ化」については、もうかれこれ7~8年前に自著で言い始めた
ことではある。
「見栄え優先で、中身がなく、すべてマニュアル通りの受け答えしかできない」
という意味である。

昨今の金融不況の中で、派遣行員が中心になってきたせいもあるが、
とにかく突っ込んで質問すると全く答えられない。
一方で国内為替業務、特にお年寄りの送金に関しては、必要以上の過剰な反応を示す。
確かに「振り込め」詐欺が頻発する昨今では周到な扱いが必要ではあるが、
扱いが上から目線で、余りに過剰である。

こうした日本の銀行をバックに、日本国債は日本の個人資産で賄えているから大丈夫だ
と言われてきた。
ではその個人資産とは何か。それは個人の、日本の銀行に対する預貯金である。
日本の銀行(郵貯を含む)は、大口の貸出先もないまま、半ば強制的に日本国債を
買わされてきた。

現在、発表されている(通常引用されている)日本の個人資産は1,400兆円。
しかしその1,400兆円は住宅ローン絡みの資金も多く、東日本大震災や、
日本の空洞化経済による住宅ローン不良債権化の波が押し寄せている。

こうした状況下で、現在の銀行は、預金の引き出しを極端に渋るようになっている。
これは「表面的に発表されている預金額が、実際にはあり得ない金額である」リスクを
如実に物語っている。

また海外送金については、特にリーマンショック以降、税務当局と絡んで、
モニタリングを綿密に行うようになっている。
これも、日本の銀行の預金額を減らさないようにするための手段であり、
最終的には「国債購入資金を減らさないための手段」と思われる。

要は日本の個人資産1,400兆円は、(あくまで推定だが)20%減の1,200兆円程度にまで
減額してしまっているのではないか。
そして毎年50兆円の恒常的な赤字国債の発行、また今回の東日本大震災の復興資金として
総合計で100兆円程度の資金が必要と考えれば、
日本がこれまでに積み上げてきた借金1000兆円を含めて、日本の財政はほぼイーブンに
近くなってしまっているのではないかとも考えられる。

あの慎重居士の野田新首相が、そして自民の異端児・与謝野さんが強硬に増税を
唱えるのは、両氏とも財務官僚とべったりと言われることも含めて、
日本の財政事情が必要以上に逼迫しているのではないか、と考えても不思議ではない。
いずれにしても日本は、財政赤字を海外に頼らざるを得ない状況に近づいているのは
間違いない。

とすれば、考えられる以降のシナリオは以下の通りである。
日本の財政が逼迫すれば、その資金を充填しようとするのが自然の流れである。
当然にしてその矛先は、日本が世界第二位の保有高を誇る米国債にも向かう
ご存じのように、現在の米国には債務返済できる状態にはない。
仮に、無理矢理請求するとすれば、日米安全保障条約は破棄され、日本は丸裸になる。
と当時、に米国債の大暴落となり、世界経済自体が崩壊する。

21世紀は、米国ドル、欧州ユーロ、中国元の三大通貨の時代となり、
好むと好まざると「三択の世界」に入るものと思われる。
その中で日本は最終的な選択を強いられ、生き残るためには必然的に米国の支配下に入り、
「日本国内でドルが使われる世界=円の放棄」を容認せざるを得なくなる。

巷間では、財務省が「ドル建て日本国債を密かに計画している」と噂されている。
日本が「ドル建て日本国債」を発行する時とは、
「日本が米国の金融方針に沿った国になる=(更に明確に)米国の属国になる」
ことを意味する。

日本の実態は予想以上に深刻なのかもしれない。

2011年09月10日

「安全通貨」の意味

米欧の財政不安、米国債の格下げ、世界経済の減速懸念。
金融市場に動揺が広がる中で、日本円とスイスフランが急上昇している。
両通貨は現在の世界における「安全通貨」の位置付けである。
ではなぜ「安全通貨」なのか。
そしてその要因は何なのか。

まずは対外純資産の大きさである。
日本の10年来の対外純資産は国内総生産(GDP)の52%にあたる251兆円で、世界最大。
スイスも136%の64兆円と大きい。
共に経常黒字国であり、通貨の価値が安定している。

第二に、国際市場で流動性が高いことも共通している。
国際決済銀行(BIS)によると、為替取引におけるシェアは円絡み取引が16%、
スイスフランが6.4%で、とりあえずは世界の主要通貨の地位を占めている。

ただ最近では、スイスと日本の財政状況を比較する論議も盛んである。
スイスの公的債務のGDP比率は約40%。これに対して日本は約200%。
従って、日本の円よりはスイスフランがより安全との見方も広がっている。

ニクソン・ショックから40年の今年、長く最上格を維持してきた米国債が格下げされた。
それは、世界が「トリプルAなき世界」に突入したことを意味している。
音楽コンクールで言えば、「第一位のない2位の世界」に入ったことになる。

結果的に基軸通貨ドルが揺らいでいる。
しかしドルに替わる絶対通貨が見当たらない。
ユーロにしても創設以来の構造不安にぶつかり、ユーロ再生を巡って、EUの中心である
独は「なぜ怠惰な国を支援する必要があるのか」という独国民の不満に晒されている。

米国にしても、オバマ大統領が財政原理主義を貫く「茶会」党を説得できず、
債務上限の引き上げでもたついた。
現状の米欧に共通するのは、市場と民衆の狭間で政治主導力が揺らいでいる点である。

米欧先進国が低迷する中で、中国を中心とした新興国が台頭、
「自由市場が終わり、国家資本主義の時代になる」との大胆な予測もある。
しかし国家資本主義には大きな矛盾が露呈している。
例えば、中国の高速鉄道事故は急ぎ過ぎた成長のひずみであり、国家資本主義から
脱皮しない限り、人民元が国際通貨として信認されることはあり得ない。

「トリプルAなき世界」になったことで、混沌とした世界の着地点を見難くしている。
2012年には米国とロシアで大統領選挙があり、そしてまた中国の指導者も交代する。
こうした政治の季節には、各国が自国本位に陥る大きなリスクがある。

かくして一時的にしろ安全通貨として日本円とスイスフランが選択されるに至っている。
しかしそれはあくまで一時的なものであり、一旦欠陥が露呈すれば、
世界の通貨は一気に逃避する。

スイスフランは8月から9月にかけ、対円で約16%急落した。
それが一般的には知られざる金融市場の怖さであり、そして実態でもある。
円高の時代が続くのは長くて3年程度。
いずれにしても時間限定版である。

2011年09月04日

40年サイクルの符合・番外編

ここ30年、日本の刊行物の定期購読は何か?と言われれば、
「日経新聞」「週刊文春」「週刊新潮」「文藝春秋」ということになる。
10年前には「週刊現代」「週刊ポスト」も定期購読していたが、
“グラビア・ハダカもの”が増えたことでサヨナラしてしまった。
ヘアヌードと言われれば、最初のうちはオオッ!とは思ったが、
しまいにはどれを見てもおんなじに見え、飽きてしまった(!?)

その定期刊行物の「週刊文春」に連載の、
「阿川佐和子のあの人に会いたい」が楽しみにしているものの一つである。
対談集ではあるが、オッとあの人が、って調子で、気になる人物が登場する。
2時間から3時間の対談を約2ページ半程度に編集してあるが、相応に中身が濃くて、
結構読み応えがある。

で、9月1日号には「瞳みのる」が登場していた。
あのザ・タイガースのドラマー・“ピー”こと瞳みのるである。
それこそオオッ!!って調子の登場である。

と言っても、誠に残念ながら、20代、30代には全く通じなかった。
何人かに見せてみたが、全くの反応薄。
「渋くて、いいオトコだろ??」と聞いても、「タイガースのピーだよ」と言っても、
「それ、誰???」って調子。

最近、タイガースという単語を使えば、決まって(野球の)阪神タイガース?って
聞き返される。
違いますって!今回は伝説のGSバンド、ザ・タイガースです!

ボーカルが沢田研二(ジュリー)で、森本太郎(タロー)や、岸部一徳(サリー)、
加橋かつみ(トッポ)などがいた、伝説のGS人気バンドである。
堺正章・井上順のスパイダーズ、萩原健一のテンプターズや、ビレッジシンガーズや
ブルーコメッツなどもいたが、タイガースはGS時代の先頭を切っていた。

そのタイガースが解散したのは1971年1月。
その伝説のGSバンドが再結成・再始動するという。
そして瞳みのるも参加するという。

瞳みのるはバンド解散後、慶応大学に入学し、同大学院を経て、
慶応高校で32年間も教鞭を取っていた。
専門はなんと中国語。北京大学にも留学していたという。

団塊の世代の人間が、徐々に隅に追いやられ、居場所がなくなり始めている。
またくだんの剣道6段、ワセダの先輩Iさんにご登場願うことにする。
ごめんなさい、I先輩、あなたを巡るエピソードが、全ての話を完結する材料になります。

そのIさんが最近、髪の毛を染めることを決断したという。
「電車に乗ってたら、どうぞ!って席を譲られることが多くなったんだよな」
「帽子をかぶって、髪の毛を見せないようにしてるからかなぁ….」
「それが悔しくってねぇ…」
「オレってそんなじいさんに見えるのかなぁ??」

確かに時は流れ、今では平成生まれですって言われても、おおそうか、
というしかない時代になってきた。
昭和の時代が、徐々に徐々に遠ざかっている。
今回のタイガースの再結成は、こうした団塊の世代への応援歌にもなる。

タイガースの再結成・再始動などは、世の中の大きな動きから考えれば、
それこそ塵芥(ちりあくた)の、どうでもいい世界の話ではあろう。
しかし1971年から40年、世の中は間違いなく変化を起こし始めている。

2011年09月03日

“どじょう宰相”が起こすか、新しい風

仕事上で付き合いの長いワセダ先輩のIさん。
剣道6段で、よく言えば唯我独尊、冷静沈着な国際ビジネスマン。
だが有体に言えば一般常識が通じにくい、言ってみれば宇宙人。

つい最近も、
世界陸上・男子百米決勝で、ウサイン・ボルトがフライングで一発失格になり、
世界中がザワついている最中に、飲み屋から突然TELしてきて
「最近の金と原油の関連性について私見を述べよ」なんて言ってくる御仁である。

そのIさん、千葉県・船橋稲門会(ワセダOBの飲み会)の幹部メンバーである。
そしてその船橋稲門会にはくだんの野田佳彦新首相もメンバーとなっている。
Iさんの野田評は「地味で滅多に発言しないし、あいつは官僚べったりだからなぁ…」

8月29日の民主党代表選。
注目度も高くTV各局は、午前10時過ぎからライブ中継。
今回は野田さんも出てることだし、こりゃ見とかなきゃ、ということでTVはつけっぱなし。
正直、期待感は全くなかった。
どうせ今回も善戦の域は出ないだろう…

ところがその演説は乾坤一擲、原稿など全く見ないまま、ガチッと目を見据えて、
鳥肌が立つような凄みがあった。
コリャぁ、何かが変わる…

当選を絶対的にした決めセリフは、
相田みつをの言い方を引用した「どじょうが金魚のまねをしてもしようがない」だった。
「泥臭く、国民のために汗をかいて働き、政治を前進させる」と敢然と言い放った。
なるほどと納得し、最近の政治家にはない、何か新鮮な響きを感じてしまった。

民主党代表選では決選投票で勝利し、翌30日の衆院本会議で第95代、62人目の首相に
指名されることになった。
千葉県選出では初。戦後に限ると、就任時54歳3ヶ月は、
安倍晋三52歳、田中角栄54歳2ヶ月についで三番目に若い。

父親は富山の農家の6人兄妹の末っ子、母親は千葉の農家の11人兄妹の末っ子。
そして父親は習志野空挺団に勤務した自衛官。
何よりも感心すべきは、1986年10月1日から財務相に就任する2010年6月までの
約四半世紀、朝6時からの船橋駅前での街頭演説を続けた点。
県議選に初挑戦した時は13時間連続で駅頭に立っていたと言う。
簡単にできることではない。見事なまでの愚直さである。

政治信条はロバート・ケネディ元米司法長官の
「アイデアリズム・ウィザウト・イリュージョン」(幻想なき理想主義)。
確かにその言い方には“若さ”が垣間見られる。
が、生い立ちからくる独特の“泥くささ”が信用ができる。

確かにワセダという“(独特の)泥くささ(=愚直)”が売りの大学の同窓として、
身贔屓な点は否めない。
しかに誰がやっても同じというなら、この際、「自分はシティボーイではない」と
高らかに宣言する苦労人にやらせてみたいと切実に思う。

今回のどじょう宰相の誕生で、
司馬遼太郎の描く明治維新のような雰囲気が出始めた気がしている。
野田新体制で、新しい風が吹き、「これでよかった野田」と言わせることができるか否か。
21世紀前半の荒れた時代。
その手腕に期待したい。

2011年08月27日

「円高対応緊急パッケージ」を検証する

8月24日、
野田佳彦財務相は外国為替市場での円高に対応するための「円高対応緊急パッケージ」
を発表した。
外国為替特別会計のドル資金1000億㌦(約7.6兆円)の資金枠の設定を骨子に、
金融機関には外国為替持ち高報告を義務付けている。

1000億㌦の資金枠には、日本企業による海外企業のM&Aや資源権益確保のための
融資も含まれるすると謳われてはいるものの、介入資金枠であることは明白。

また持ち高報告については、東京市場で取引の多い銀行や証券会社など30社に
毎日報告させるとするもので、1998年の外為法改正以来初となるもの。
しかし海外市場の取引参加者は対象外のため、実効性は薄い。

今回の対策は8月19日のNY市場で、75.95円をつけたことで、いつでも対策を
打ち出せる(随時介入できる)ようにと急遽作成された経緯がある。
菅首相もようやく退陣を発表し、時期首相が誰になるかに日本中が喧々愕がくである。
こうした中で、8月29日の民主党代表選挙で政治空白が生じれば、円高・ドル安の流れが
加速するリスクはあるにはある。

日本の中には依然として「政府による市場介入絶対論」が残っている。
しかし市場介入、特に単独市場介入の効果については、欧米では完全に否定的である。
1日に少なくとも300兆円は動く為替市場において、7.6兆円の介入があったとしても
その効果は一時的である。

また日本の経済界に奥深く根付いている「円高・ドル安が日本経済にマイナスである」
という考え方も時代遅れであろう。
大企業は拠点の海外移管を完成しており、海外からの輸入サイドとなれば、
円高の効果は絶大である。

確かに中小の輸出産業には打撃には違いないが、こうした大きな流れを想定し、
全体的なシステムの再構築を終了しているのが企業としての使命でもある。
グローバルな時代に、円高を逆に享受するといった戦略が必要である。
逆に、そうした再構築ができない企業は自然淘汰されるのもまた時代の流れではある。

同じ8月24日、米国の格付け会社、ムーディーズ・インベスターズ・サービスは、
日本国債の格付けを最上位から3番目の「Aa3」(ダブルAマイナス)に1段階引き下げたと
発表した。

海外の格付け会社の評価などに殊更深刻になる必要はないが、
日本が中国やチリ、サウジアラビアと同格であるとの見方をされているのは、
日本国民として残念である。
根幹には今回のような時代遅れの対策がマイナス評価されたと見るのが自然である。

日本の円が買われるのもごく一時的なものと考えている。
日本の財政赤字が、個人資産の1400兆円を超えた時、日本は現在のギリシャ状態になる。
それはすなわち円の暴落の時を迎える時である。

もう一度、相場を大自然と考える時である。
東日本大震災で、想定外の津波が日本人の常識を木端微塵にした。
すなわち、円の大暴落の可能性は“想定内”として考ておく時のようである。

2011年08月21日

サヨナラ、夏の日!?

8月21日、日曜日。
東京は朝から曇りがちで、雨もパラパラ降っている。
22度レベルと言う。へたをすると薄ら寒い(!?)、陰鬱な日曜日である。
何日振りだろうか、ここ2日ほどは冷房は切ったままである。

日曜日の午後2時からは山下達郎がMCをしているFM東京・サンデー・ソング・ブック。
聴くと言うよりは、トレーニングをしながら何気に流しておくといったところだが、
今週と来週は(妻君の)竹内まりやも交えた「夫婦放談」。
一流のミュージシャン同志が夫婦になったらこんな会話をするんだ、っていったところの、
カジュアルながら中身の濃い会話が続いていく。

この時期になると決まって山達の「サヨナラ、夏の日」が流れるはず。
だがアルバムの発売直後とかで、今週は新曲の紹介ばっか、である。
山達の最近の新曲は余りいいとは思わない。
80年代の物が絶対にいいと思うが…

実家への墓参りから帰ったのは18日午後。
東京駅に着いたら、ムットとする熱気に溢れていた。
立っているだけで汗がダラダラ流れる。都内の最高気温は37.1度という。なるほど…

シャワーを浴びて、近くの居酒屋に生ビールを飲みに行った。
最初の一杯が、こんなにと思うほど美味しい。まさにゴクゴク、一気飲みである。
で3杯ほど空けて、鰹の刺身をベースにサッとメシを食べて帰った。
所要時間30分。誠にあっけない豪華ディナーではある。

翌19日。
朝から土砂降り。外が真っ白。まるでシャワー状態。
こんなんじゃ、夕方に予定してた飲み会には行けないな、と思っていたら
夕方になってピッタリ止む。しょーがないので出かけていった。
週末、朝方の豪雨、お盆休みの続き、といった“三役揃い踏み”で人影もマバラ。
ザッと飲んで、帰ってソーメン食って寝た。

以上が週末の様子ではあるが、東京は一気に秋模様である。
今日も22度とかと報道してる。半袖では寒いくらいである。

いずれにしても夏の高校野球が終われば、一応は「サヨナラ、夏の日」ではある。
今年の高校野球も熱戦続きだった。
全国各地から集う鍛えられた若者の姿は、いつの時代もウツクシイ。
ユニフォーム姿は大人びていても、一旦帽子を取ればそこには10代の少年の姿がある。

ただ唯一、島根県代表の開星高校の面々は違っていた。
1メートル86㌢で体重が98㌔。高校生にして腹が突き出ている。
あれは単なるおっさんである。練習を止めたらどうなるかは言わずもがな、である。
そんなのがゴロゴロしてた。
「私学の野球留学生に関して問題あり」との声も聞かれるが、日本全体のレベルの
引き上げになるなら致し方ないとは思う。

自分の出た(受験専門の)高校には“100年の悲願”がある。
「甲子園に出場する」ことである。
あと7年ほどで100周年を迎えることから、絶対に実現したいと。

21世紀枠の最終選考に残ったこともあったが、
「東大へ入学するより甲子園に出場することが難しい」のは今や常識。
そんなテーマを掲げて、それをエサにして酒を飲み続けるしかあるまい。

かくして今年の夏も終わりの気配である。
来週のサンソンでは、山達の「サヨナラ、夏の日」が聴けると思うが…


blogbana.gif

カテゴリー

最近のコメント