2012年05月19日

MLBの経済学 -ゴジラ・松井の復活なるか-

テキサス・レンジャーズのダルビッシュ・有の活躍が目立っている。
現地時間5月16日のオークランド・アスレチックス戦で6勝目を上げた。
日本の時と同様に、“打てるものなら打ってみろ!”式の、
“上から目線”の(いい意味でのダルビッシュ式)手抜きスタイルも戻った。

このままだと20勝も夢ではない状況。
ポスティングによるレンジャーズ入団には入札金を含めて1億1千万㌦(85億円)と
いう巨額が動いたが、その金額に文句を言わせない活躍である。

そのダルビッシュの活躍が“光”とすれば、“影”は55番・ゴジラ・松井。
所属先が決まらないまま2月下旬に渡米、そのままニューヨーク郊外の施設で
自主トレを続けてきた。
キャンプからオープン戦、そして公式戦が始まって1ヶ月経っても松井の獲得に
動く球団は皆無だった。
時間が経てば経つほど契約は難しくなっていった。

米国での契約は絶望的と思われ、巨人やDeNA、楽天など、日本の球団が水面下で
ラブコールを送る中で、事態が急展開したのは4月20日過ぎのことだった。
現地時間4月23日に地元メディアが一斉に松井獲得を報じ、
4月30日、レイズは正式にマイナー契約を結んだことを発表した。
5月1日、本拠地・トロピカーナ・スタジアムで、マイナー契約選手としては異例な
入団会見を行っている。

松井の置かれた立場は年棒が全てを物語っている。
6年前、松井がヤンキースと交わした契約では4年間で5200万㌦(約41億6千万円)。
自己最低といってよい成績に終わった昨年でさえ、425万㌦(約3億4千万円)。
今回の契約はマイナー契約であり、年俸は40万㌦(約3200万円)。
十分の一にまで極端に下げられる、いわばバーゲン・セールである。

マイナーは若手育成の場である。
移動は基本的にはバス。飛行機でもエコノミークラス。
1日の食費もメジャーは106㌦(約8480円)でステーキ・リーグと呼ばれ、
かたやマイナーは3食を25㌦(約2000円)で賄なければならない。
ハンバーガー・リーグだのホットドック・リーグと揶揄される所以である。

これまでも松井は、ケガのリハビリのためにマイナーでプレーしたことはあった。
しかし今回は全く立場が異なる。
ヤンキースで4番を打ち、ワールドシリーズでMVPに輝いた松井が、
調整ではなく結果を求めて3Aでプレーをすることになった。

「松井は野球をやりたかったのだ。ここ数年はひざの故障などで満足なプレーは
できなかった。だから日本ではなく、米国でもう一度、とこだわった…」。
諸般の論調は松井に対して概して好意的で、美辞麗句で苦境・松井を報じている。

しかしその実は、MLBで10年プレーすればMLBの生涯年金の額が違うことも
松井がMLBでのプレーにこだわる大きなポイントのようである。
要は「今年中をはいつくばって10年という時間の経過があれば生涯安心」というのが
松井の究極のシナリオのようである。

プロスポーツの世界はどうしても金銭が絡む。
たかが野球、されど野球である。


2012年05月13日

生涯未婚率が示すもの

まず生涯未婚率を定義したい。
内閣府によれば
『「45~49歳」と「50~54歳」未婚率の平均値から「50歳」の未婚率を算出したもの』
としている。
50歳で未婚の人は将来的にも結婚する予定がないと考えることができるから、
生涯独身でいる人がどのくらいいるかを示す指標として使われる。

2010年の国勢調査によれば男性の生涯未婚率が16.7%。そして女性が11.9%。
特筆すべきは、前回の国勢調査2005年に比較して男性はほぼ横ばいだが、
女性が5ポイント近く上昇している点である。
要は現在の日本の男性の5人に1人が生涯独身であり、
女性が10人に1人が生涯独身だということになる。

人生90年とみれば、50歳で独身であるとしても不思議ではないことにはなる。
とは言え、50歳を過ぎての子作り・子育ては確かに楽ではない。
要は、「結婚生活を営み、子孫を残す作業を“しない”ことを是認する」時代に
なったということなのだろうか。

人生60年と言われた1950年~1980年あたりまでは、生涯未婚率が男女とも
2~4%近辺で定着していた。
急上昇し始めるのは1990年からである。時代背景を考えれば、バブル時代突入と共に、
生涯未婚率が上昇し始めたことになる。

確かにバブル時代あたりから男女雇用均等時代が本格化し、女性が強くなった点は
否めない。
女性が単独で不動産を購入する時代に入ったのもその頃からだったと思う。
また夫唱婦随の時代から、「婦唱夫随の時代」が始まったとも言える。

そして、ゆとり時代で育った人間が、本格的に社会人として世の中に出るように
なると、急カーブを描くようになる。
この調子だと、女性の生涯未婚率が男性を上回るのも近いのではないかと考えられる。

草食系男子or肉食系女子という言い方が流行し始めたのはここ2~3年のことである。
迫力のない男性が増えたということであろうが、
基本的に男性が女性をリードしなければ(守らなければ)ならないとする
「日本の伝統的な考え方」が寂れ始めている。

最近になって気づいたことだが、
最近の20代の女性は、確かに昔の20代とは違うようである。
エネルギッシュで固定概念に囚われない。
「想定外」に対しても、敢然と向かっていく。
それに比して20代の男性は、前よりも更に“ひよっこ”になった気がする。
また自分の周囲の30代40代の男性群も、“独身生活を謳歌する”というより、
“毒身生活に埋没”しているパターンが数多く見受けられる。

「一流大学→一流企業」という、戦後の日本のエスカレート的システムが完全に崩れ、
「一流とは何か」が論議される時代となっている。
「(日本式の)一流」が崩れ、「35歳定年制」が言われ始めた今、
日本のオトコ達が「想定外」の展開に自信を失い、迷っている。

最近刊行した「2015年 日本円完全消滅」では、日本全体のシステムが根幹から
改められると論述した。
次回の国勢調査は2015年。
その時点で、女性の生涯未婚率が男性のそれを上回っているように思えてしようが
ないのである。


2012年05月06日

つれずれなるまま、酒浸りの日々

1日2日を休めば9連休となる黄金週間。
日頃アクセスを戴いている皆様には如何お過ごしでしたでしょうか?

寒い寒い、何でこんな寒いんだ、温暖化現象はウソかよ、と言っているうち、
いつの間にかマフラーをしなくなり、
遅い遅いといって言っていたサクラが咲き、そして青々とした葉桜になり、
いつの間にか汗をかく季節となっております。
季節は巡るとは言いますが、本当にごくごく自然に時間が流れております。

自分は、と言えば、連休前半戦は相変わらずのひたすら飲むだけの生活。
そして1日に実家方面に帰り、5日の午前中には帰京致しました。

ただ実家方面でも連日にわたって飲み歩いておりました。
実家方面で唯一(!?)の若い女性が集まる“ちょんた”という意味不明の
ネーミングの居酒屋(焼き鳥が中心メニュー)にはキチン顔を出し、
中学時代の同級生がやっているミニクラブにもきちんと仁義を切り、
近所のタカシのやってる寿司屋にも何気に顔を出す、といった、
百年一日のパターンをキッチリ守り通しましたです。

また帰京した5日の夕方からは、麻布十番にあるシャンパンバーの試飲会にも
顔を出しました。まさに“歩く奈良漬け”状態であります。

“ええッ! お前がシャンパン?”とおっしゃるとは思いますが、
金沢出身で、アラサーで、元キャンパス・クィーンがやっているその店は
シャンパンという、いかにもセレブな飲み物を、自分みたいな野良犬にも
その美味しさを丁寧に教えてくれております。
スッキリ言ってしまえば、いわゆる調教ですなコリャ~

つまみも世界各国のチーズを中心に、和風の食材をフランス風に仕上げて、
そうかこんな食べ方もあったか、と思わせるような仕上げになっております。
ちなみに昨晩出されたのは“ほおずき”。
あんなもん、食えんのかよ、と思われるかもしれませんが、
新種のほおずきらしく、まさに果物のジャンルになってしまっておりました。

かくして、あれだけ嫌っていたシャンパンも、自分好みのシャンパンが存在する
ことが分かり、まずいまずいと思いつつも、“悪の道”に入り込んでしまいそうな
気配になっております。ほんと、ヤバイです。

今回の帰郷の際、驚かされたことがあります。
4日の夕方、実家方面の知人と、地元のテーマパーク・ほたるいかミュージアムで
待ち合わせ致しましたが、満員御礼札止めで入場お断り。
しかも県外ナンバーの車と、若いカップルのオンパレードで、
交通整理のおじさんが(誇らしげに)ピッピッと笛を吹いておりました。
確かに実家・滑川のほたるいかは、世界の魚市場・築地でも“滑川産”と形容詞がつく、
今や全国区のブランドではありますが、
“おいおい、これが滑川か?”といった盛況でありました。
ここから3年の間に北陸新幹線も正式に開通することだし、何とかせにゃなるまい
と、つくづく思った次第であります。

つらずらと日記風に書いてみましたが、最後に一言。
今回の新刊「2015年 日本円完全消滅」も、お陰様である程度の評価を戴きました。
皆様のご協力に感謝致します。本当にありがとうございました。
今後共、よろしくお願い申し上げます。


2012年04月28日

居酒屋の経済学

酒を(本格的に)飲み出したのは、当然ながら大学時代である。
今は亡き叔父が、銀座・ソニービル近くの外堀通り沿いにやっていたスタンドバーで、
今日は入学のご褒美だ!!ご馳走してやる!!さぁ飲め!!
と出されたのがサントリー・オールドのコークハイ(ウィスキーのコーラ割り)だった。
それが自分の酒人生を決定的にした。

以来、サントリー系ウィスキーのハイボール(ウィスキーの炭酸割り)一筋の人生である。
つい最近、サントリー角瓶の炭酸割を、これをハイボールと呼ぶんだと、
あたかも新商品の如くの扱いをしているが、
元々は1970年代前半から営々として飲まれてきた“伝統的な”手法である。
今更何言ってんだか、って思う。

自分の学生時代はほんとにあきれるほど、浴びるように飲んだ。
そして吐いては強くなっていった。
こんな言い方をすると世の教育ママ連中には眉を顰められるとは思うが、
吐くほど飲むからアルコールに対して免疫性ができるのである。
当たり前の“実戦論”である。

ワセダの街、高田馬場は学生に対して至極寛大だった。
高い酒を安く、またつまみも高級なもの、
言葉を変えれば、酒に合うような“(通の)大人の味”をさりげなく供してくれた。

そんな環境で育ったせいか、酒を飲む時は余り食べない。
そして食べる時は飲まないという習性が身についてしまった。
自慢じゃないが、食べながらダラダラ飲むなんて芸当は自分にはできそうにもない。

1980年代後半から居酒屋チェーンが流行り出した。
「(ダラダラ)食べながら飲む」ことをテーマにしているから、とにかく酒が薄い。
その薄さは、自分のような呑兵衛にしてみれば“酒の味のする水”である。
つまみも、生ものは全くの問題外。
メニュー全体が「電子レンジでチン」のパターンのオンパレードだから、
脂っこいだけで、さっぱり美味くない。

一時大流行した「村さ来」「つぼ八」「和民」などの有名チェーンを、
とりあえずと行ってみたが、期待にたがわずガッカリするばかりだった。
こんなんじゃそのうち若者も離れていくわ、などと思っていた。

予想に違わず、居酒屋市場は1992年の約1兆4600億円をピークに減少しており、
2010年には9946億円まで落ち込んだ。
市場関係者では、若者のアルコール離れを原因に上げているが、
その実は市場関係者が若者に“本当の酒の味”“本当の酒の飲み方”を教えなかった
ツケがきているのだと思う。

現在住まいしている佃界隈は、銀座・六本木に近く、築地市場も近い。
日本で一番美味しいサカナが集まる築地のすし、
というより酒のつまみは極端に安価で最高に美味い。
特に“まかない”で出された料理を供されると、酒がドンドン進んでいく。

若者が酒離れをしているのではないと思う。
そうした安価で美味しいつまみがあると知れば自然に若者はついてくる。
日本式の想定内の考え方では何も変わらないのである。


2012年04月21日

「柔道はもはや日本のお家芸ではない」という不都合な現実

この4月から中学で武道必修化がスタートした。
柔道、相撲、剣道の三種目から学校が選択するのだが、読売新聞の調査によれば、
およそ7割の学校が柔道を選択するという。
では現状の日本における柔道に係る環境はどうなっているのであろうか。

名古屋大学の調査によれば、1983年度から2010年度28年間で、
柔道に絡んだ事故で114名が死亡したとしている。
年平均で4名以上が死亡していることになる。
これは他のスポーツに比して異常に高い数字であり、
その他にも深刻な高次脳機能障害、つまりは植物状態になっている子供たちが
多数いるという。ではその対策は万全なのか。

日本の柔道は、1882年(明治15年)5月、
日本伝講道館柔道として嘉納治五郎によって創始された。
その10年後、嘉納治五郎は、
一高(現在の東京大学教養学部)校長、
高等師範学校(現在の筑波大学)校長、
そして文部省参事官(文部省大臣官房図書課長)を兼務するようになっていた。

結局、嘉納治五郎にとって柔道とは、教育に奉仕するものだった。
従って、既存の柔術のように、首を絞めたり、関節を折ったりする寝技は教育とは
いえないとし、足技、投げ技を中心とすることで見た目を美しく、
かつ勝敗を分かりやすくし、退屈に映る寝技には制限を設け、
関節技も肘関節だけに限定することによって安全性を高めた。

以来約130年、日本の柔道は立ち技に特化した講道館柔道に固執してきた。
しかしその講道館柔道は、1964年の東京オリンピックの無差別級で、
オランダのヘーシンクの寝技を中心とした柔道に敗れる頃から
世界における“立ち位置”に変化が出始める。

柔道の世界的な発展に最も寄与したのはフランスだった。
1930年代にフランスに伝わった柔道は、護身術にもなり、
その上しつけや礼儀作法まで学べる柔道を信頼し、国民の中に浸透していった。
2012年現在、フランスの人口は日本の約半分の6500万人。
しかし柔道人口は日本の18万人に対して3倍以上の60万人を数える。

そのフランスでは
「基礎体力が出来上がるまでは受け身と寝技のトレーニングを重視する。
つまりは首の筋肉がしっかりすれば、事故は確実に減る」
を基本とした指導法を採っているとされる。
つまりは日本の考え方と真逆である。

講道館を創始した嘉納治五郎は「自他共栄」「精力善用」を唱え、精神修養の
重要性を説いた。
そこには柔道が精神を鍛え、立派な人間をつくる教育的な武道であるとの
主張があった。
そうした創始者の精神は、時代の推移と共に、結果的に日本ではなくフランスに
受け継がれたのである。

頑なに考え方を変えようとしない日本の柔道はかってない危機の中にある。
女子はともかく、男子は、1988年のソウル五輪以降、多少の波はあるものの、
徐々に低下していった。

本当に残念ながら、世界のスポーツとなった柔道は、もはや日本のお家芸ではない。
世界の潮流を認識し、根幹の考え方を変える時期である。
今回の必修化により日本の柔道が再生するか否か。
ある意味での転換点には違いない。
 

2012年04月14日

260億円の経済効果 -MLB(米大リーグ)の光と影-

4月9日(日本時間4月10日)、
米大リーグ、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有がシアトル・マリナーズ戦で
初先発した。
5回2/3、110球を投げて被安打8、失点5だったが、打線が奮起、11-5で初白星を手にした。

日本のファンにとっては“目玉”になったイチローとの対決は4打数3安打。
速球が高めに浮き、得意のスライダーも決まらない。
オープン戦で不安視された部分が、晴れの舞台でそのまま出る格好となった。

特に4安打3四球と荒れた1回は、5番打者まで初球が全てボール球。
カウントを整えるのに四苦八苦。
ただ3回を無失点で切り抜けると、4回、5回は三者凡退。
イチローに3安打目を許し、6回途中で降板した。

月曜にもかかわらず約4万2千人が詰めかける盛況。
そして前評判とはだいぶ違う大物ルーキーの降板にも、
スタンディング・オベーションで温かく見守った。
そうした状況を目にした日本人がむず痒くなる(!?)ような、丁寧過ぎる扱いだった。

当日の試合の模様は、日本の国営放送・NHKが午前9時から全国放送した。
視聴率はこの時間帯では脅威の9~10%を記録した。
今や日本のエースとなったダルビッシュに対する注目度を表すような数字ではあった。

入札金を含めて1億1千万㌦(85億円)という巨額のカネが動いた。
確かに今の日本の球界で、ダルビッシュを超える投手は見当たらない。
いるとすれば、楽天の田中将大くらいだが、球速ではなく8種類と言われる多彩な
変化球で、メジャーを制覇できるか否か。
金額に見合うだけの活躍ができるか否か。

今回のダルビッシュの移籍により260億円の経済効果があると試算されている。
放送権料、様々なグッヅ、旅行等を含めてのものと思われるが、
果たしてそれだけの巨額の効果が出るのか否か。

IT化が顕著に進んでいる昨今、世界中のスポーツが楽しめる時代。
“日本では云々”という世界ではない。
世界の一流の選手が競う中で、その中身(コンテンツ)が問題になっている。
「日本の野球が下に見られるのがすごく嫌だった」と臨んだメジャー挑戦ではあった。
ただ見ている側、特に日本人はハラハラするだけだった。

1995年の野茂英雄から始まったメジャー挑戦から17年。
数々の選手メジャーに挑戦していった。
しかしイチローを除く野手の影は薄い。
ワールド・シリーズでMVPを獲得した55番・ゴジラ・松井は移籍先さえ決まらないまま
現在に至っている。
また投手にしても、ドジャースからヤンキースに移籍した黒田博樹以外は
不振が目立っている。

スポーツという本来は純粋であるべき世界を、全てカネで換算するという、
米国式のビジネス・スタイルにシラける部分は否めない。
たかが野球、されど野球である。
日本を代表する大エース・ダルビッシュに、そうしたモヤモヤを吹っ飛ばしてほしい。


2012年04月08日

サクラサク

4月8日、日曜日、東京は快晴。そしてサクラが満開であります。
道行く人々の顔が全て穏やかで、サクラが咲くとなぜこんな雰囲気になるんだ、
といった、“ニッポンのハル~”の独特の風情を見せております。

サクラに関する話は一旦止めにして、今回はまず、お礼を申し上げなけばなりません。
約2年振りに刊行した「2015年 日本円完全消滅」が好調なスタートを切り、
3月30日付・三省堂・有楽町店・ビジネス部門・第二位にランイクイン致しました。

なぜ有楽町がポイントかと言いますと、ここ5年の銀座・有楽町は、
今や日本の情報発信基地になっているからであります。

ご存じのように最近の銀座・有楽町は世界有数のブランド各社が乱立し、
ユニクロが新規開店してからはまさにヒートアップしております。
週末ともなれば近在近郷から、ひょっとしたら全国から、10代後半から20代前半と
おぼしき女性軍団が集合し、そうした女性軍団が溢れれば、ついでに若い男性軍も
集合するといった、いわゆるスパイラル現象を起こすに至っております。

結果的に銀座・有楽町界隈は、10年前までは考えられなかった若者のテーマパーク
になり始めており、マロニエ通りの出発点、JR有楽町駅前の交通会館1F・2Fにある
三省堂書店・有楽町店は、いつも人で溢れかえっております。
ここ数年の動きを見ている中で、今度刊行した場合、最大のターゲットは
三省堂・有楽町だッ!と考えておりました。
従いまして、今回のランクインは望外の喜びであり、有難いと思っている次第です。

今回のランクインに関しましては、
銀座クラブ村、通称ザ・ムラの、経営者・マネージャー・おネェ様等の方々に、
絶大なるご支援と、ご足労を戴きました。
「青柳は、単なる酔っ払いじゃなかったんだ!?」ってことがお解り戴けたこと
でも十分効果があったと思う次第ですが、ここまで来たら“狙うはただ一つ”と
考えております。
以降も変わらぬ熱いご支援を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

またこれから地方へと展開していきます。
本ブログにアクセスを戴いている方々にも、絶大なるご支援を戴きたく、
よろしくお願い申し上げます。

長い前置き(お礼)になりましたが、サクラの話の続きです。
7日の土曜日、テレビなどで、東京のサクラ満開!!と連発していたことから、
やおらサクラ見物に出かけました。
出かけると言っても、歩いて約1分の隅田川沿いのサクラを見物するだけのことですが、
ものの見事に咲いております。
佃に住まいし始めた頃にはスカスカだったサクラの木が、15年以上過ぎますと、
枝垂れ状態になっているのもあり、まさにサクラゲート状態になっております。

ただ如何せん、7日は寒過ぎました。
花よりダンゴと言いたいところではありますが、寒空の中で震えながら飲んでも
致し方ありません。そそくさと引き上げてきました。

なす術もなく、もやし5袋入りの焼きそば(軽~く3人前超)つくって、
さながら冬眠明けの熊のように、ムシャムシャと平らげてしまいました。
なんちゅ~花見だ!!と後悔しながら、目覚めた翌8日。
まさに花見日和となったという次第です。

なんだ結局は、サクラに絡めて本の宣伝してるだけじゃねぇか?ってですか?
はい、その通りであります。結局は本の宣伝になりましたです。
しつこで申し訳ありませんが、何卒よろしくお願い申し上げます。

「日本円は消滅する」という不都合な結末

お陰様で、約2年振りに刊行した「2015年 日本円完全消滅」は、
ある程度インパクトをもって受け入れられている。
(3月30日付・三省堂・有楽町店・ビジネス部門・第二位にランイクイン)。

今回は戦後の金融の歴史からその可能性を論証したい。

第二次世界大戦終了時、
全世界の国内総生産(GDP)の40%を占める唯一の超大国であった米国は、
「金(GOLD)によって価値を保証されたドルを国際基軸通貨として機能させる」
金ドル本位制、および「各国が自国通貨の価値をドルに固定する」固定相場制を
2本の柱とするブレトンウッズ体制を構築、戦後四半世紀の間、
世界経済の復興・発展を主導した。

しかし1971年、米国はドルの金保証を撤廃し、固定相場を放棄する。
戦後の25年、世界経済を支え続けた結果、体力を消耗したのである。
以降、世界は
「価値保証のないドルを基軸通貨とする」ドル本位制と、「変動相場制の時代」へと
入っていく。

そして現在まで、
「米国ドルを中心としたシステムは長続きせず、いずれドルは暴落する」という
危惧を持たれながら、金融市場は動いてきた。
しかしその危惧は現実のものとはならなかった。

第一の理由としては、
米国は基軸通貨国として対外赤字のファイナンス(資金繰り)を考慮することなく
成長を維持できた。
一方輸出国は、米国の強い輸入需要のおかげで輸出中心型の成長を維持し、
獲得したドルは米国債を中心としたドル資産に投資した。
世界は、いわゆる“(危うい)ウィンウィン”の関係を暗黙のうちに了解してきたのである。

第二に、
たとえ赤字が増え続けようと、総合国力における米国の覇権的地位は不変だったし、
それを脅かす国もなかった。また基軸通貨としてドルに代わる通貨もなかった。
いかにドルの暴落リスクが叫ばれようと、市場がドルを捨て去ることができなかった。

第二次大戦以降、世界は一貫して米国を覇者として受け入れてきた。
ソ連との対立、日独の台頭、欧州の向上があっても、これらの対抗勢力は
米国にとって代わろうととする能力も意図も持っていなかった。

しかし、そうした資本主義世界に敢然と挑戦し始めたのが中国だった。
ラフに言えば、米国の衰退と中国の興隆は歴史的必然であるのかもしれない。
リーマン・ショック以降の米国の苦境は、中国の台頭の妥当性を裏付けた格好と
なっている。

最近の中国は、ドル基軸体制に対する批判を展開する一方で、
人民元の国際的利用の拡大に向けた長期計画を始動させている。
しかし忘れてならないのは、中国が抱える難問の数々である。
「輸出超過と過剰供給」「過大な外貨準備の蓄積とそれに伴う過剰流動性」
「資産バブルとインフレ」「公的部門を中心とした特別利益集団」等など…

総合的に考えれば、20世紀後半のような絶対性はないにしても、
現状のドル基軸体制が崩壊する可能性は薄い。
そして米国ドル・欧州ユーロ・中国・元という三大通貨時代の中で、
日本円は単独で生き残れるはずもなく、いずれかの通貨に吸収される。

この究極の三択の中で、日本が選択する道は米国ドルしか考えられないのである。

2012年03月31日

消費税をめぐる30年の歴史

消費税関連法案の国会提出に向けた調整が難航している。
現状の日本の財政には消費税増税は致し方のないところだが、
選挙絡みでゴタゴタするばかり。
今後はどうなるか、先行きがサッパリ見えてこない。
いずれにしても消費税を巡る議論は30年来、同じような論点を巡って争われ、
政局と絡み合ってきた。

戦後の日本の税制の基礎となったのは1949年のシャウプ勧告。
所得税や法人税などの直接税が中心で、富の再分配によって国民の所得格差を
縮める狙いがあった。
確かにその指針により、日本の進むべき道が示されたことにはなる。

そんな戦後の日本で、消費税(付加価値税)が最初に話題になったのは1970年。
欧州の税制視察から帰国した自民党の水田三喜男政調会長が、
「国民生活向上のための財源として間接税導入は必要だ」と語ったのが
消費税導入に関する議論のきっかけとなった。

具体的な議論が始まったのはそれから約10年後。
1979年1月、大平正芳首相が一般消費税の80年度からの導入準備を閣議決定する。
しかし小売業者や消費者団体の反発があり、自民党内での慎重論も台頭し、
選挙戦のさ中に増税を断念する。

3%の消費税導入にこぎつけるのは竹下登内閣の1989年4月。
大平首相の失敗から10年の歳月を要している。
その3%の消費税を5%に引き上げることに成功するのは
94年の自民・社会・新党さきがけ3党連立の社会党・村山富市内閣だった。
しかし翌95年の参院選では、社会党が改選数41が16に激減、
大敗を喫する結果となっている。

消費税増税論議がなされる所以は、日本国の借金(表面的には現在約1000兆円)が、
家計の純資産(資産から借金を差し引いた資産)を上回るっているのではないかと
危惧されているからである。

現状の試算では家計の純資産は、
1400兆円-400兆円(日本国民の個人的借金)=1000兆円となり、
ほぼイーブンとみられている。

ただ日本政府は外貨準備金や社会保障金などの金融資産を400兆円を保有している
ことになっており、とりあえずは安泰、との考え方もあるにはある。
しかしその400兆円は本当に存在するのか否かも不明である。

仮に日本政府保有の400兆円が現実に存在していることを前提にして、
年間50兆円の赤字国債を発行し続けたとすれば、結果的には単純計算で
「8年後には日本の財政は破綻する」ということになる。
つまりは(どんな遅くとも)2020年には日本はギリシャのようになる。

こうした現実を考えれば、消費税増額は、
欧州のような食料品などへの軽減税率を含めて、致し方のない措置とは言える。
しかし前提となる日本の財政に関する正確な数字を公表しないから、
世の中全体が疑心暗鬼になる。
選挙を絡めて議論するスタイルにはもう飽き飽きである。

いつの世も、政治家の保身のための思惑が先行する国に明るい将来はない。


2012年03月24日

進む「フリーターという名の失業者」の高年齢化

まずフリーターとは何か。
一般的には「正社員以外のアルバイトやパートで生計を立てている人」をいう。
政府の定義ではフリーターは15~34歳の若年層だけ。
しかし総務省の労働力調査(東日本大震災・被災3県を除く)では、
35~44歳でこの定義に該当する人は50万人に達するとしている。

バブル崩壊に伴う氷河期と言われた1993年以降に高校や大学を卒業し、
アルバイトを続けてきた人がそのまま40歳前後になった影響と見られている。
現状では15~34歳の世代でもフリーターは増加しており、11年の調査では176万人。
03年の217万人をピークに一旦減少してはいたが、09年から増加に転じている。

こうした状況の原因は日本の教育システムに問題があると言わざるを得ない。
これまで日本の多くの大学は、東大を頂点とした護送船団の中で安住し、
教育の本質、つまりは「世の中で即戦力となるための教育」を怠ってきた。

大学進学率が50%を超え、800近い大学がひしめく時代。
大学は大衆化し、少子化をベースとした生き残り競争の中で、教育の本質を
見誤っているパターンが多い。
つまりは百年一日のアナクロでおざなりの教育が、グローバルな世界に通じるはずもない。

米国の例を見るまでもなく、大学教育は「4年+大学院+α」の時代になっている。
日本の4年制の大学での教育は、即戦的ではない。
つまりは机上の空論のパターンがほとんどである。
教える側にも大きな問題があるのは言うまでもあるまい。

こうした日本の教育環境の中で、グローバル企業では通年採用が一般的であり、
4月入社というパターンは、先進国ではもはや日本だけという状態である。
また4月入社にしたところが「4軍」制度を採用しているのがほとんどである。

まず1軍は「4年+大学院+α(=海外留学等)」の者が対象。
2軍は東大、一橋、早慶など、世に言う有名大学の4年卒の成績優秀な者が対象。
3軍はその他の一般大学からの一般競争入社。
そして4軍はいわゆるコネ入社というパターンである。

そして2軍以下は35歳あたりから足切りという厳しい“振るい分け”に
対峙しなければならない。
何故なら優秀な人間を採用するためには余剰人員は不要となるからである。
競争社会の当たり前の制度ではある。

一旦入社した者に対して生涯その生活を担保するという(日本的な)終身雇用制度は
とうに崩壊している。
そして「いい大学を出ていい会社に入ったら一生安心」という日本的なフレーズは、
「良い企業とは一体何か?」という大きなテーマの中で、完全に死語となっている。

かくして、フリーターといういかにも時代の寵児のようなネーミングがされても、
その実は「世の中の外れ者」というのが実態なのである。
そうした「外れ者」の面倒を見るだけの余裕は今の日本にはない。
少々厳しい言い方かもしれないが、油断せず、常に訓練をし、勉学を続けなければ、
世の中から見離される時代なのである。

他人ごとではない。気合いを入れて生きていくしかない。

2012年03月20日

新刊本について

 ワセダの先輩で剣道6段のIさん。
良くも悪くも“(典型的な昔の)ワセダマン”。
泰然自若とした自然児で、酒好きで、そして韓流ドラマの歴史物が大好きなお方。
ついつい見とれてCDを10時間も見てしまったよ、ハッ、ハッ、ハッってな調子。
そしてビジネス書のマニアでもあります。
ビジネス関係の本が一番面白いという、ある種のマニア。
そんなIさんとお知り合いになったのは、自著を10冊も読んで戴いたことが
キッカケとはなっております。

そのIさんから、
「青柳さん、ユーロが消滅するって言ってる人がいるよ」と聞かされたのは、
かれこれ1年前。
「そんなのほっとけばいいじゃないですか」
「どうせ机上の空論だけの、市場の実態を知らない人だと思いますよ」

ところがその「ユーロ消滅」を唱えられる同志社大学の教授であられるH女史は、
あれよあれよという間にマスコミの寵児になられている。
その論調は、あたかもユーロ資産が雲集霧散するかのスタンスである。
なんであんな言い方をするんだろ、現状を綿密に分析すれば、
消滅する流れにあるのは日本の円じゃないのか…

そんな折、Iさんからしきりに牽制球を投げられる。
いつものように酒席での討論となるうち、
「青柳さん、そんなに言うなら何で書かないの?」
「もうそろそろじゃないの?」

確かにここ2年、自著を出版するという世界から離れておりました。
自分の文筆力の力不足を感じ、文章が簡潔で、解りやすい文章を書けるようにと
司馬遼太郎さんや、藤原正彦さんらのキリッとした美しい文章を何度も何度も読み返し、
体に染み込ませるよう訓練しておりました。

ビジネス書の世界は最新の経済状況を分析するのが主体だが、
どうしてもセンセーショナルにならざるを得ないことが、
「1冊の本にまとめて出版する」という作業から離れさせておりました。

よし、じゃソロソロ行ってみるかと、よいしょと腰を上げたのが昨年の12月。
2ヶ月ほどの執筆作業を経て、2月の終わりに脱稿。
この3月に上梓と相成りました。

タイトルは「2015年 日本円完全消滅」
少々おどろおどろしいものではありますが、出版界という大海に乗り出して、
本を手にとって戴くためには、多少オーバーな表現は致し方ありません。
お手に取って、最初の部分を読んで戴くことから“戦い”は始ります。
どうかご容赦願います。

内容については、本ブログで公開するのは敢えてはやめておきます。
読んで戴ければお解り戴けるはず。
180ページ建てで、長い文章は極力避けてあります。
要は2回は読んで下さいという意味であります。

毎回「実母が読んでどう言うか」「理解できるか」を大きなテーマにしておりますが、
実母にも現状が理解できるようにと努めた次第。

来週から都内の書店に並ぶ予定になっております。
どうかよろしくお願い申し上げます。

2012年03月18日

一段落したユーロの今後

今回のユーロ危機を契機に、世界の情勢が変わり始めた。
まず第一には新興国の減速。
今から3年前のリーマン・ショックで先進各国が経済危機に直面する中で、
中国を中心としたアジア新興国が主役に躍り出た。
しかし昨夏以降、欧州の輸入減と信用収縮で、逆風が吹き始めた。

特に中国は、経常収支と資本収支の双子の黒字による成長モデルが崩れ、
住宅バブル崩壊、地方財政悪化、急激な都市化による過剰投資等の問題を抱え、
成長鈍化が顕著になっている。
高度成長時代から停滞の時代へと、転換期の様相である。

第二は交易条件の改善。
新興国の需要拡大で国際商品価格が高騰し、交易条件の悪化で日本は3年間で
34兆円の損失を被った。
しかしユーロ危機による世界経済の低迷と縮小で、国際商品価格が下落に転じた。
代表的な国際商品価格であるCRB指数は、ユーロ危機のピークから15%の下落。
各国の金融緩和と中東をめぐる緊張で原油価格が上昇しているが、
これは投機資金の流入が主たる要因であり、長続きする可能性は薄い。

第三は通貨切り下げ競争の一巡。
リーマン・ショック以来、ドルとユーロが大幅に下落し、消去法で選択された円は
実効為替レートで4割上昇した。
そうした中で、米国の製造業が息を吹き返し、ユーロ圏の貿易赤字が四分の一に縮小した。
一方、デフレにあえいでいた日本は、日銀が物価安定のメドを公表して金融緩和強化に
踏み切り、円高に歯止めがかかった。

では今回のユーロ危機は本当に終わったのだろうか。
財政の悪化が表面化したギリシャに対して、
EUと国際通貨基金(IMF)が第一次金融支援を決めたのは2010年5月。
それからわずか2年で追加支援を余儀なくされ、約束した支援の総額は
2400億ユーロ(約26兆円)。
今回は民間投資家も約1000億ユーロ分の保有国債を削減する見通しとなっている。

かってギリシャの主力産業だった衣類の製造業は新興国との競争に押され、
もはや経済をけん引する力はない。
労働組合の力が強いため大胆な賃下げもできず、国内産業はじり貧が続いている。
過去に財政が破綻した国家は、信用力低下による通貨急落で輸出競争力が回復し、
経済の再建を果たしてきた。
しかしギリシャがユーロ圏にとどまる限り、こうした手段は使えない。

ギリシャは4月に総選挙を控え、痛みを伴う緊縮策に反対する勢力が支持を
伸ばしており、財政再建の後退も懸念されている。
ギリシャ支援に関して、ドイツを中心とする北部欧州諸国のいらだちを強めており、
ギリシャからの離脱を求める声が強まっている。

ユーロ創造は「東西ドイツ統一の対価だった」というロジックの中で、
「変わらないためには変わるしかない」という欧州の変革の精神があった。
しかしここに至って、もう限界ではある。
ではユーロ圏各国は本当にギリシャの脱退を許容する(切り捨てる)のか。

その答えは最近のドイツ誌の論調に表れている。
「ユーロ発足前にも人々の生活があった。それは(ギリシャ脱退後も)変わらない」。

2012年03月10日

温故知新

歌手の由紀さおりが、米国のジャズオーケストラ、ピンク・マルティーニと
共同制作したアルバム「1969」が国内外でヒットを続けている。
米国の配信チャートのジャズ部門で1位を奪取したのをきっかけに、
日本国内でも火がついた。
昨年12月のオリコンチャートでは4位に入り、41年振りのトップ5。
その後も上位を保っている。

アルバムのテーマになった1969年は、由紀さおりのデビューの年。
デビュー曲の「夜明けのスキャット」をはじめ、いしだあゆみ「ブルーライト・ヨコハマ」、
ヒデとロザンナ「真夜中のボサ・ノバ」など、69年前後の歌謡曲を中心に収録されている。
そして1曲を除いて日本語で歌っているのが大きな特徴である。

昨年10月以降、世界20ヶ国で発売され、
米国のiTunesストアのジャズチャートでは1位を獲得した。
ピンク・マルティーニのリーダーでピアニストのトーマス・ローダーデールは、
米ハーバード大学で文学や歴史を学び、政治家をも志す才人。
世界の民族音楽や日本の歌謡曲にも精通する。

実はNHKの音楽番組「SONGS」を、再放送を含めて、何度も見た(聴いた)。
そしてCDも買ってしまった。
とにかくアレンジが素晴らしい。
日本の歌謡曲独特のねとっとした感じが全くしない。
全編ジャズピアノをベースにしたボサノバ調で、由紀さおりのサラサラした歌声が際立つ。

由紀さおり本人は「日本の歌謡曲である」と強調している。
が、ここまでくれば、まさに「21世紀の全く新しいジャンルの歌曲」である。
1960年代から70年代の歌謡曲は、メロディは勿論、詩の内容が素晴らしい。
現在のような日本語なのか英語なのか“訳の解らない”内容ではない。
内容の良さを保ったまま、ものの見事に変貌している。

現在の日本は欧米に追随せんとするスタンスばかりが目立ち、完全において行かれ、
焦っている。
戦後65年の日本は、ソニー・井深大・盛田昭夫、ホンダ・本田宗一郎、
松下電器産業・松下幸之助らの歴代のパイオニア諸氏が前半の30年を引っ張ってきた。
その技術や企業精神は全世界から称賛され、モデルケースとなってきた。

しかし、後半の35年はその遺産を食いつなぐだけで、何らの具体的施策をも
打ってこなかった。
日本の「想定内」の考え方に固執するあまり、海外の「想定外」の考え方に
完膚なきまで叩き付けられた。
そして何もなくなってしまった今、完全に彷徨っている。

今回の由紀さおりの快挙は、「日本の原点に帰れ」と言っているように思える。
現在の日本の歌謡曲を、時代遅れと馬鹿にする風潮があるが、
その歌謡曲がアレンジ次第では世界に通じる歌曲に生まれ変わる。

まずは、本来の日本がどうだったのか、日本の良さ、素晴らしさを見直すことから
始める時期であろう。
古きを訪ねて新しきを知る。
温故知新。
由紀さおりの澄んだサラサラした歌声を聴きながら、意外な部分で意外なヒントを
もらったと感服している。

2012年03月03日

大学・秋入学計画の波紋

2012年の大学入試シーズンも大詰め。
合否に関する悲喜こもごもの季節が到来している。

実はこの1年、知人の息子のK君の受験アドバイザーをしてきた。
ワセダ大好き少年で、絶対にワセダに入ってやると、1浪しての再挑戦だった。
そして見事に難関の政経学部・国際政治学科に合格した。
個別に教科を教えたのではなく、勉強のやり方、
特に英語の学習法(中学3年間の基本を徹底してマスターする)を教えただけだった。
あとは月イチで食事をしながら、調子を聞いたりしていただけだった。
要は精神的ケアを担当しただけだったが、予想を裏切って(!?)難関を突破した。

かくしてK君は、日本の大学入試の常套文句「サクラ咲く」状態になった。
日本の入学式にはサクラが似合う。
満開のサクラと入学式。
まさに日本の風物詩だが、この風物詩が消えようとしている。
大学の秋入学システムへの移行が大々的に論議されている。

文部科学省に拠れば、世界215ヶ国の7割は秋入学。そして4月入学は7ヶ国。
一連の時期のずれが学生や教員の国際交流を制約しているとされてきた。
国際性は大学の評価に直結する。
世界の大学ランキングで東京大学は30位。
アジアでは首位だが、留学生比率などの項目を重く見る傾向が強まっており、
今後は順位を落とす可能性もある。

これまで日本の多くの大学は、東大を頂点とした護送船団の中で安住し、
「できない理由」を探しては改革を先延ばししてきた。
しかし大学進学率が50%を超え、800近い大学がひしめく時代に、
日本的モデルでは世界に伍して生き残れるはずもない。
大学は大衆化、少子化に続く国際化という「第三の荒波」を浴びようとしている。
日本の大学は自らの立ち位置を早急に決めなければならない。

具体的には、4月入学で9月に授業開始ということになるが、
まず、この“空白期間”をどうするかでもめている。
だがそれは大きな問題ではないと思う。
アルバイトに精を出すのもよし、読書三昧の日々を過ごすのもよし、海外留学を
するのもまたよし、である。
要は受験勉強で疲れ切った頭や体をリセットすればいいだけの話。

またもうひとつの大きな問題は就職の時期ということになろうが、
グーロバルの企業では通年採用が一般的であり、4月入社というパターンは、
先進国ではもはや日本だけという状態である。
何でそんなことを頓着するのか理解に苦しむ。

そもそも日本の4年制の大学を出ただけで世の中に通用するはずもない。
大学全入時代となり、結局は大学院ベースの知識がなければ世界に伍して戦えない。
8年間は大学で学ぶ覚悟が大事であろう。
当然ながら学費等は自分で調達するという使命はあるが…

かくして、
日本の風物詩「サクラ+入学式」という風景は早晩消えていくことにはなろうが、
世界を相手に勝負しなければならない日本は、世界の流れに合わせていくしかない
ことになる。
日本の「想定内」の考え方では、世界の「想定外」についてはいけない。


2012年02月26日

橋下徹・大阪市長は平成の坂本竜馬か

あたかも新時代の一大快挙のように言われた政権交代から2年半が経とうとしている。
有権者の間には民主も自民も、既成政党はみんなダメだというイライラ感が募っている。
そしてそのイライラ感は、政治に対する不信感を通り越して絶望感になり始めている。

職業政治家による「決められない政治」。
何があっても鼻で笑って突き放すようなシニシズム。
あらゆる制度や権威を否定するニヒリズム。
そうした一連のいい加減なスタンスが、日本の行く末を暗澹としたものにさせている。

大阪市の橋下徹市長が代表をつとめる「大阪維新の会」が日本に旋風を巻き起こしている。
既存の職業政治家よりは、政治的な経験は浅くとも、地域から現状を打破しようとする
政治スタイルは、確かに魅力的に映る。

3月に開講する政治塾の応募者が3326人になったこと、そしてその応募者の中に
民主党の現職議員もいたことも大きな話題になっている。
政治のプロであるべき現職の衆院議員が、政治のアマチュアの結合体と位置付けられる
団体が主宰する政治塾への入塾を希望するという末期的な症状が、政界の実態を如実に
物語っている。

維新の会は、次の衆院選挙に向け、高らかに「維新八策」の原案を発表している。
ご存じのように坂本竜馬の「船中八策」をもじったものだが、
例えば参議院の廃止のように、既成政党と一線を画した内容も盛り込み、
政治のアマチュアによる新しい政治、開かれた政治を目指す姿勢を際立たせている。

仮に今選挙となれば、大阪維新の会は、
小選挙区と比例代表あわせて77議席ある近畿地方区で半数近く、
中には50議席を占めるのではないかという予測まで囁かれている。
維新の会の勢いは誰の目から見ても明らかであり、05年の郵政選挙、
09年の政権交代選挙に似た旋風が関西に起きる可能性は否定できないのである。

最近の国会では、年金や税金が有権者の最大の関心事にあるにもかかわらず、
全く意味のない政党の小突きあいばかりが目立っている。
選挙に絡んで、自分の党に有利な状況を作り出すことばかりに必死である。
結果的に、有権者は完全にシラけてしまい、日本の政党政治への信任が薄らいでいる。

現在の政党が「お互いの選挙のための結合体」とすれば、機能しないのは当たり前と
言えば当たり前である。
「決められない政治」はいつまで続いていくのか。
目新しい風、橋下旋風が起きる地合いとなるのも自然の流れではあった。

怖いのは、与野党がぶつかり合ったまま、今国会で消費増税関連法案が処理できない
ということになれば、世界の市場の不信認から財政破綻ということになる可能性を
秘めるという点である。

ひょっとしたらとんでもない劇薬かもしれない。
が、もうやけくそで、維新の会に日本を任せてみるかという気にもなる。

橋下徹は平成の坂本竜馬か。はたまた単なるアジテーターなのか。
手探りの中で、現在の日本は幕末の様相である。


2012年02月19日

整理統合の最終段階に入った日本の商品先物業界

コメ先物が東京穀物商品取引所(以下東穀取)と関西商品取引所に上場して、
2月8日で半年が経過した。
コメの売買高は両取引所とも1日500枚(枚は最低取引単位)前後と
全くの期待外れで、商品先物市場の浮上のキッカケが掴めないでいる。

東穀取のコメ先物は12年に入って1日300~900枚程度で推移。
上場時に目標としていた5千枚を大幅に下回っている。
東穀取はコメ上場を起死回生の最後の切り札と位置付けていた。
従ってその不振は取引所の存続問題にまで発展している。

東穀取は毎年数億円の赤字経営が続いており、できるだけ早くコメの売買高を
数万枚に増やし、業界全体の経営を安定させるための切り札にする計画だった。
2011年産米の重要が引き締まり、先安懸念が薄らいで、生産者や流通業者など
現物を扱う当業者の参加が遅れているのが要因である。

東穀取は20世紀後半、赤いダイヤと言われ沸騰した小豆(あずき)を筆頭に、
この世の春を謳歌した時期もあった。
ただ2011年の売買高が37年振りの低水準に陥るなど、売買高の減少に
歯止めがかからなくなり、ついには解散を視野にした動きになっている。

背景にあるのは、株式・金融先物・商品先物を一括して取引できる「総合取引所」
の実現に向けた制度整備の動きである。
また何にも増して、外国為替証拠金(FX)取引の市場の急拡大も見逃せない要因と
なっている。

2005年あたりから「ミセス・ワタナベ」と揶揄される日本の女性の個人投資家の
世界の市場に向けての進出が目立つようになった。
08年のリーマン・ショックで一旦自然消滅した格好となったものの、
またジリジリと復活する流れになっている。

現在の証拠金残高は1兆円を軽々と突破したと言われている。
「平均して証拠金の5~6倍で取引する投資家が多い」中で、
倍率を平均6倍で単純計算すると市場規模は6兆円ということになる。
これは日本の居住者の外貨預金を金残高は1兆円を軽々と突破したと言われている。
「平均して証拠金の5~6倍で取引する投資家が多い」中で、
倍率を平均6倍で単純計算すると市場規模は6兆円ということになる。
これは日本の居住者の外貨預金を上回る。

為替の世界は24時間取引でき、昨今のTV番組のレベル低下を考えれば、
趣味の世界としても重要な題材となる。
画面上で動く為替レートを見ながら、世界の市場に入っていく醍醐味は、
一度味わったらなかなか抜け出すことは困難である。

それに比して日本の商品先物業界は当初から“闇の部分があった”のは否めない。
商品先物取引会社の強引な営業スタイルや、一部投資家による強引な相場操縦
および仕手戦など、日本の相場の世界を捻じ曲げてきた面は否めない。

21世紀に入って以降のIT機器の進捗により、相場の世界では好むと好まざると
“世界を相手”にせざるを得なくなった。
元々日本の商品相場業界は「土着の家内工業」的な意味合いが強く、
“世界を相手にする”というスタンスにはなかった。
そして何にも増してIT化が遅れたのが痛手だった。

大きな時代の転換期には違いない。
かくして日本の商品先物業界も自然淘汰の時期を迎えている。

2012年02月11日

彷徨する日本の電機産業

戦後の日本経済をけん引してきた日本の電機産業が歴史的な危機に直面している。
今期、パナソニックは7800億円、ソニーが2200億円、シャープも2900億円の赤字を計上、
家電主体の3社だけで赤字額は1兆円を突破する。

2001年のIT(情報技術)バブル崩壊後、日本の電機各社は軒並み赤字に転落し、
それまでタブー視されてきた人員削減にも踏み込んでいった。
しかし今回の危機は2001年とは比較にならない、極めて深刻なものになっている。

2001年当時、家電や半導体の世界市場で日本のシェアや技術的な優位性は
まだまだ高かった。
しかし現在では、韓国・サムスン電子等に完全に主導権を奪われてしまっている。
一方で、IT・インターネットの主役は10年前のマイクロソフトとインテルの
ウインテル連合から、アップルやグーグルに主役が交代した。

その中で、日本企業の存在感はゼロという状態が続いている。
これまでの得意領域がジワジワと縮小する中で、新しい成長のキッカケも
見つかっていない。つまりは「後退の10年」の末に今回の危機が到来している。

今期の業績悪化の大きな要因が、長引く円高、東日本大震災やタイの洪水に伴う
生産網混乱にあるのは言うまでもない。
そしてデジタルTV特需の反動という一時的な要因もある。
しかし心配なのは危機に「慢性化」が伴っているという点である。

ソニーは08年のリーマン・ショック以降、一度も最終利益を計上することができず、
かっては「松下銀行」とまで揶揄されたパナソニックも、有利子負債が現預金を
上回るまで財務体質が弱くなった。
1000億円規模の最終損失を見込むNECなども、経営不振に陥るのは初めてのこと
ではない。

これまで言われてきた処方箋は
「日本の電機はプレーヤーが多すぎる」
「再編統合を進めて強力なリーディング企業を創成すべきだ」

しかしソニーなどの赤字の主因の薄型テレビや、ガラパゴス化と言われる携帯端末分野
で日本勢が大同団結したとしても、規模のメリットは望み薄い。
「再編による競争力強化」の機は既に逸した感が強い。

残された道は「会社の再定義」「事業領域の再編成」にしか残っていないように見える。
米IBMは大型コンピュータ・メーカーから「ITサービスの提供者」に使命を変えることで
再生した。
日本の富士フィルムは、写真のフィルムではなく光学材料のメーカーとして、
日立製作所は総合電機からインフラ企業へと軸足を移すことで危機を回避した。

こうした「会社の再定義」には不要事業の人員整理などの痛みも不可避である。
フィルムに代わる活路をプリンターに求めようとして失敗した
米イーストマン・コダックのように、必ず成功するとは限らない。
もはや待ったなしの状況である。
生き残りをかけて挑戦していくしかない。

全くの蛇足だが、ソニーの創始者の盛田昭夫さんの筆頭秘書を長い間務められた
Sさんを存じ上げている。何を気に入って戴いたか定かではないが、ここ10年、
飲み仲間として親しくお付き合い戴いている。
ただでさえ酒癖の悪い(!?)Sさんの、
「何でだ??」「どうしたんだソニーは!!」
といった(愚痴)が聞こえてくるようである。

2012年02月05日

「31年振りの貿易赤字」を検証する

1月25日、財務省が発表した貿易統計(通関ベース)によると、
輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支は2兆4927兆円の赤字となった。
第二次石油危機による原油価格高騰で輸入額がかさんだ1980年以来31年振り。

日本の貿易収支が赤字となった背景には、東日本大震災という突発的な要因に加え、
円高定着による産業の空洞化などの構造問題も潜んでいる。
海外経済やエネルギー価格の動き次第では2012年以降も貿易赤字が定着すると共に、
海外からの配当収入なども含めた経常収支が赤字になる可能性も現実味を帯びてくる。

日本の場合、海外からの配当金などからなる所得収支の黒字が年10兆円超あり、
即座に経常収支が赤字になるわけではない。
ただ貿易赤字の膨張が続けば、話が違ってくる。
日本の原発が全て停止した場合、貿易赤字が膨らんで所得収支を上回るようになり、
2017年度には経常赤字に転じるとの試算もある。

ここで考えなければならないのは、
戦後輸出立国の道を歩んできた日本経済の構造変化である。
いわゆる「マーチ化」現象である。
円高が定着した結果、日本市場向けであっても海外生産に切り替えた日産自動車の
小型車「マーチ」のパターンである。

2011年7~9月期の日本企業の海外現地法人の逆輸入額は約2.2兆円。
過去最高だった08年7~9月期に並び、なお増える勢い。
アジア諸国に比べて高い人件費や法人税率に、歴史的な円高や電力料金の値上げが
追い打ちをかける。
競争力低下に直面する輸出製造業は海外生産を選択せざるを得なくなっている。

2005年、政府の経済財政諮問会議がまとめた「日本21世紀ビジョン」では
「2030年度には貿易赤字は赤字に転じる」としている。
しかも医療関連サービス等の内需の拡大による「良い輸入増」を想定した。

しかし現実は円高や空洞化による輸出不振と、電力危機に伴う燃料輸入増により、
予想は的中したものの、時期が大幅に狂ってしまった。
米経済学者キンドルバーガーらが唱える国際収支の発展段階説によると、
貿易赤字だが所得収支の黒字で経常黒字を維持する状態は
「未成熟な債権国」から「成熟した債権国」への移行を意味するとする。
しかし日本の場合、成熟型の収支構造への移行は20年も早まった。
そして一方で、前提となるグローバル化は遅れている。

そしてまた大きな問題が待ち受ける。
国内総生産(GDP)の2倍の政府債務残高を抱えながら、日本の国債利回りは
低位安定してきた。
最大の強みは国内投資家による消化割合の高さであった。
もう少し正確に言えば、日本国内の企業ならびに国民が日本の金融機関に
預けた預貯金は、すべからく国債購入に充てられていたということである。

経常赤字国のイタリアやスペインでは、海外投資家の国債保有高は4~5割。
黒字国の日本は1割。
だが経常赤字に転落すれば、国内資金だけでは財政赤字を埋めきれない。
海外投資家に日本の存続を任せなければならない時代が、カウントダウンに入っている。

かくして日本は、「想定外」の道を着々と進んでいる。
日本の常識=想定内の考え方は徐々に通じなくなり始めている。
冷静に現状を判断すべき時期である。


2012年01月29日

スポーツ選手の価値と値段

最近の日本のスポーツ界では、
ダルビッシュ・有の巨額トレードが大きな話題になっている。
確かに1人の人間の才能に対して、総額85億のカネが動く世界は異常ではある。
たかが野球、されど野球。しかし事実は事実である。

一方で、一般的には目立たない、日本ではマイナーと言われる分野での動きも
目立っている。
まず卓球。
日本では「温泉旅館での卓球」が定着しているが、卓球のTV中継を見られる方も
少ないとは思う。だが、入っていけばそれなりに面白い。

1月22日の全日本卓球選手権。鮮烈な新チャンピオンの誕生だった。
5連覇中であった本命中の大本命・明治大学・水谷隼(じゅん)を、
高校三年生の吉村真晴(よしむら まはる)がフルセットの末破って、
チャンピオンの座についた。

3-3で迎えた最終ゲーム、7-10から5ポント連取の勝利は圧巻だった。
高校生がそこまでやるか?って世界が始まっている。
草食系と一括りにされる日本の若者も捨てたものじゃないな、と思わせた瞬間だった。

そして全豪オープンでの錦織圭(にしこり けい)の8強入り。
男子テニスなど世界に通用するとははなから思っていないので、期待もしないし、
またされてもいなかった。
テニスと言えば、松岡修造の不必要な元気が目立つ、そんな(不思議な)人間の
俳諧する世界と思っていた。
1月25日の準々決勝も、どうせって感じでライブ放送を見ていた。

結果は3-0のストレート負け。
だが実力の差はほとんどないと思わせるようなジュースの連続だった。
世界ランク4位のアンディ・マレーは191㌢。世界ランク26位の錦織は(公称)178㌢。
その身長差のハンデを感じさせない熱戦だった。
今回の活躍により20位以内が確実視されている錦織は22歳。
25歳までには世界制覇もできるのではないかと思わせる、
ある種のオーラが出ていたように思う。

そしてダルビッシュ・有。
元ヤンキースの55番・松井の衰えが目立ち、今や行き場所さえもなくなり、
イチローの影も薄くなり、レッドソックスに入団した松坂大輔がイマイチで、
日本球界全体のレベルが疑問視されている昨今だが、
入札金を含めて1億1千万㌦(85億円)という金額には、ひたすら驚くしかない。

確かに今の日本の球界で、ダルビッシュを超える投手は見当たらない。
いるとすれば、楽天の田中将大くらいだが、
球速ではなく8種類と言われる多彩な変化球で、メジャーを制覇できるか否か。
金額に見合うだけの活躍ができるか否か。

IT化が顕著に進んでいる昨今、世界中のスポーツが楽しめる時代。
“日本では云々”という時代ではない。
世界の一流の選手が競いあう中で、その中身(コンテンツ)が問題になっている。
結局は「いいものはいい」のである。至って素直なロジックである。

スポーツという本来は純粋であるべき世界に、巨額のカネが乱舞することで
シラケる部分は否めない。
とは言え、ドン詰まり感のある日本の政財界を尻目に、世界に勇躍する日本の若者がいる。
ある種の光明を見出しているのは自分だけではないと思う。


2012年01月22日

「欧州危機」の検証

2008年のリーマン・ショック以降、「お金をばらまけば景気が上向く」という、
(意味を曲解した)ケインズ主義が横行した。
目的はとりあえずお金をばらまくことであり、
長期的な雇用や需要の創出は念頭になかった。

ばらまきが目的だから必然的に財政赤字になる。
しかし景気は思うようには回復せず、財政赤字だけが膨らんで、
当然ながら財政危機に陥る。
そうなると景気はそっちのけで、赤字削減だけに関心が持たれる。

赤字削減には歳出の削減と歳入拡大の二つしか方法がない。
経済が拡大しなければ所得も消費も増えず、税収の必然増も望めず、
歳入拡大のためには増税しかない。
ところが「増税は景気冷やす」と信じられているから、増税はできない。
そのため大幅な支出削減が行われ、雇用を支えていた公共事業や公務員が削減される。

最終的には雇用が減るから生活不安で必然的に消費を減らす。
景気が冷えて歳入が減るから財政は更に悪化する。
かくして堂々巡りの不況の袋小路に入り込んでいく。
最大のポイントはお金をばらまけば景気を支えられると信じたことによる。
欧州のギリシャ、イタリア等は全てこのパターンである。

現在の欧州は、国家の債務危機(ソブリンリスク)と金融危機が絡んで、
更に厄介なものになっている。
まず第一に、先進国から新興国への歴史的なパワーシフトの中で起きている。
最近特に強調される「西洋の没落」が現実味を帯びている。
古代ギリシャ、ローマ帝国という欧州文明の源流が危機の震源になったのも象徴的である。

第二に、肥大化したマネー資本主義が危機を増幅・加速している。
超金融緩和の元で、マネー経済は実体経済を大きく上回って膨らんだ。
世界のヘッジファンドの雄ジョージ・ソロスをして「大量破壊兵器」と呼ばしめた
CDS(クレジット・デフォルト・スワツプ)は、
破綻リスクを避けるという本来の機能を逸脱し、投機商品化した。

第三に、市場と国家との時間差が広がっている。
短期勝負をかける市場に対して、時間をかけて手続きを踏むのが民主主義である。
特にユーロ圏の運営は加盟17ヶ国の民主主義の合意に基づく。
時間差はますます広がる。
そして「ユーロ崩壊」とする自己充足的予言の大合唱が、
危機を実態以上に深刻化させている。

問題解決に向けた道は二つ。
ひとつはギリシャ、イタリア等の問題のある国をユーロ圏から切り離す。
もうひとつは独仏の継続的な援助と労働者の全面受け入れである。

そして英国も大きなカギを握る。
メルケル英首相は「ユーロに加盟していなくてよかった」とほくそ笑む。
また国際通貨基金(IMF)融資にも非協力的である。
今は亡きチャーチルは「欧州合衆国」の演説で、
「欧州という家族を再建するには独仏協調である」
「楽観主義者は困難の中に好機を見出す」
と強調した。

歴史的な危機の中で、欧州の結束が必要な時である。

2012年01月15日

「日本は別」という安心感の落とし穴

年始早々、円は対ユーロで100円を割り込んでいる。
対ドルに関しても76~77円の歴史的な円高水準を保ったままである。
巨額の財政赤字を抱える日本の円が選択される状況にリスクはないのか。

財政赤字はほとんどの先進国に共通だが、経常収支との組み合わせで
3つのグループに分けられる。
まず経常収支も赤字で、海外からの資本に頼らざるを得ない国。
ギリシャを筆頭とする欧州の重債務国が典型である。

次に経常赤字だが、基軸通貨国の特権で海外資金が比較的容易に還流する国。
ご存じ20世紀の最終勝利国の米国である。
ユーロ不安から資金還流が増え、ドルの実効レートは昨年夏以降上昇し始めている。
また最上級の格付けを失っても、米国債の利回りは戦後最低水準に低下している。

そして経常収支が黒字である日本やドイツ。
日本の政府債務残高は名目国内総生産比で200%を突破し、ギリシャをも上回る。
それでも長期金利が低水準でいられるのは、この経常黒字のたまものである。

そして経常黒字と表裏一体の関係にある家計と企業の貯蓄のおかげで、
日本国債の95%は国内で消化している。
しかも消費税が20%前後の欧州と違い、5%の日本には増税の余地がある。
「日本は欧州とは別だ」論はこのあたりを根拠にしている。

しかし昨年11月と12月にIMF(国際通貨基金)は立て続けに警告を発している。
まず高齢化に伴う貯蓄の取り崩しで、10年以内に政府債務残高が個人の金融資産を
上回るのは確実の状況であり、東日本大震災と円高の長期化による営業活動の
海外シフト化による、日本国債の暴落の可能性を指摘している。

怖いのは、企業が膨大な余裕資金を持て余す結果、銀行を経由して日本国債の受け皿
になるというこれまでの構図が急速に変化し始めていることであり、
そしてそういう状況に金融関係者が無関心を装っているように見える点である。
2011年10月までに日本を巡る直接投資収支は6兆円の流出超で、前年同期2.2倍。
その間の経常黒字額をも上回った。

「日本は別だ」という考え方は、
ユーロ危機の最中に円が「安全資産」として買われ続けたことで醸成された面もある。
しかしそうした円買いの実態は、いつでも売却できる短期国債であり、
日本株については外国勢による売り越しが続いている。

IMFが指摘した財政赤字縮小の遅れを海外勢が実感するようになれば、
というよりは、短期データ中心のコンピュータが感知してしまえば、
資金は瞬間に日本から離れていく。
コンピュータが全てを行う現在の金融世界には“情け”も“容赦”もない。

結果的に日本は、円高の長期化に乗じて海外シフトを行い、
その一連の作業を終えた時点で超円安の時代を迎える、
つまりはダブルパンチで日本は損害を被るといったシナリオは当然考えておかねば
ならないのである。

世界経済が歪になっている。
2012年は世界的な政権交代の時期でもあり、大波乱の年と考えた方がよさそうである。
特に3月と6月は注意しなければならないようである。

2012年01月09日

快晴な日々

新年が明けてから、アッという間10日が経ちました。
2012年もあと355日。
こんな言い古されたギャグも空しくなるように、時間が経っていきます。

実家から帰ってきたのが6日。
東京は快晴な日々が続いております。
「快晴の」ではなく「快晴な」日々であります。
空はあくまで青く、隅田川の水も群青色に見えます。

西高東低の冬型の気圧配置の日本では、日本海側が雪、太平洋側がカラカラの快晴と
いうパターンが続きます。
この時期の実家方面は、一晩で状況が一変致します。
晴れてたかなと思ったのもつかの間、コンコンと雪が降り積もって、銀世界に相成ります。
銀世界という単語を使うと、まさにエレガントな風景を連想されるようですが、
空は灰色で、薄暗く、あたりがシンと静まりかえり、何か押さえつけられるような
陰鬱な世界が広がっていきます。

こんな時、決まって思い出すのがスイス・ジュネーブの世界。
今から20年くらい前、スイスのジュネーブに1週間滞在しました。
ご存じのようにレマン湖に面した観光地。
表面上は金融のセンターということになっており、その意味での(建前上の)出張を
兼ねることにはなりますが、本音を言えば、風光明媚な観光地で一息つく、って塩梅
になります。

何はなくとも晴れた空と、それをしなくてどうすんだ、
とばかりの(レマン湖に沿った)ランニングコースが整備され、
早寝・早起き、早朝のランニングを澄ましてから戸外での朝食が最高のご馳走という土地柄。

そして夕方も、他にやることもないので、再度走って、冷たいビールから始まる“飲み”の
世界を堪能するという、至って健康的な雰囲気であります。
今はどうか知りませんが、食い物は正直美味しくありません。
何かカッコばっかの油ばっかの料理のオンパレードで、味噌・醤油そして大根おろしの
ような日本的な料理は、まず期待できません。

でもなぜレマン湖を思い出すかというと、その絶対的な太陽の輝きが、
そして周辺の澄んだ空気が最高だったからに他なりません。

また気が向けば、乗客が自分ひとりになる可能性大の高原列車に乗り、
ローザンヌまでの小一時間の小旅行も堪能できるのであります。
当時のローザンヌの駅前には、たった1軒、小さな日本料理店があり、
日本語で「美味しい昼ごはんできてます」という短冊が掲げられ、
ヒラヒラとはためいていたことが忘れられません。
滞在した1週間のうち3日はその日本料理屋でランチしたことも強烈に覚えています。
東京で言えば、昼飯を食うのに箱根までいった、ってことになるでしょうか…

で、何を言いたいんだ?とおっしゃるのであれば、多少は寒くても、太陽が輝く場所は
いいという、たったそれだけのことであります。
自分の住まいする佃地区からは東京スカイツリーの雄姿も堪能でき、
大都会・東京での生活は決して楽しいことばかりではありませんが、
やはりこうした冬を過ごせる場所を離れたくないと思うのであります。

こんな夢みたいなことばかり言ってられません。
ユーロを中心に、金融市場が大荒れになっています。
また現実の世界に戻らなければなりません。
それでは、ってことで…

2012年01月03日

謹賀新年

本ブログにアクセス戴いている皆様、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

いつものお正月とは思いますが、如何お過ごしですか?
年末年始には携帯メールがつながり難かったようですが、皆様は如何だったでしょうか?

こちらも、実家での相変わらずのお正月を過ごしております。
元旦&2日は実弟と、飲んで、食って、寝て、少し仕事をして、という、
何等の変化もない、淡々としたお正月をしております。

オトコ同士の、特に兄弟の“飲み”は長くは続かない。
夕方の早い時間からそろそろヤルかと飲み始めて、少々酔って、雑煮を食べて、
もう寝るわ、じゃあな、バタンキュ~という、至ってシンプルなパターン…
そして12時頃からムクムク起き出して、メールチェック等のそれぞれの仕事をするという、
母親に言わせると、何とも素っけないパターンではあります。

周囲の風景も相変わらずです。
人が住んでいるのかいないのか、言うところの、シーンと静まり返ったパターン。
これでTVの音を消そうものなら、全くの静寂の世界が広がります。
だからとりあえずはTVはつけっ放しにしております。

窓の外からは富山湾や能登半島が見えてりおりますが、冬独特の白波も立って、
いかにも寒そうな風景が広がっております。
森昌子の“越冬つばめ”の風情です。
シュルリー、シュリ・シュララ~の、あの切ないメロディが浮かんできます。
薄ら寒くて、ドヨ~ンと薄暗い、北陸独特の冬の風景ではあります。

ところで、今年の新春は、為替市場の動向を注目せざるを得ないようです。
ご存じのように、昨年末にはユーロが100円を割り込んでおりますが、
消去法とは言え、何でこんなに円が買い込まれるのか...

多分、PCに頼り切る最近の金融界で、短期勝負専門のアルゴリズムが円買いを
主導しているものと思われますが、日本の昨今の政財界の動きを見れば、
現状の円を買うことが如何にリスクがあるかを認識せざるを得ないはず。
“想定外”の大ドンデン返しの可能性は考えておかねばならないようです。

とは言え、実家方面におりますと、そんな大きな動きも、それってどこの話って
ことになります。
確かにそうですね、これだけ淡々とした時間が流れていれば、世界の為替の動き
なんてどうでもいいや、ってことになりますね…

ここまで書いて、気がつけば午前7時。
白々と夜が明けてきました。正月3日目の朝です。
東京箱根間往復大学駅伝競走、通称箱根駅伝の復路の中継も始まりました。
東洋大学の総合優勝は間違いないとは思いますが、
“W”マークも第二位を死守しておりますので、楽しみに応援したいと思います。

それでは皆様、引き続き楽しいお正月を過ごして下さい。



2011年12月25日

東京・佃、クリスマスの風景

本ブログにアクセスを戴いている皆様、メリークリスマス!!
クリスマス休暇3連ちゃん、いかがお過ごしですか?

こちらは変わらず、酒浸りの毎日であります。
何やかやかと物入りで、クリスマスは“苦しみます”の日々であります。
天皇誕生日を交えた3連休にした結果、世の中が変にエキサイトしていると感じて
いるのは私だけでしょうか…

自分の住まいする東京・佃は、現在は近代的な高層マンションが乱立する町とは
なっていますが、昔からの下町。
そんな海外のお祭りに与(くみ)するかよ、といった“空威張り”をする町であります。
従って、銀座界隈がクリスマスモード一色になっても、敢えて何もせず、平静を装うと
いった“空威張りの江戸下町情緒”が漂っております。

そうした雰囲気の中で、自分の住まいから20秒、要は隣にある小さなワンコインバーが
突然閉店しました。

今から約半年前、豆腐屋の倉庫を使っていつの間か開店し、変な若いあんちゃん二人が
呼び込みをやってる…
薄暗い中に、変に煌びやかなネオン装飾をしていることもあって
“何だこれ!?”“あっやしいな”“ぼったくりか?”と思いつつ、
最初は通り過ぎるようにしておりました。

しかしある日、酔いに任せて、エエイッツままよとばかり入ってしまいました。
ボクシングの亀田興毅に似た坊主頭のにいちゃんと、
青森弁丸出しの素朴な感じのする20歳前の坊やがやるそのバーは、
全てが500円、つまりは1杯飲んでも500円、つまみを食べても500円。
つまるところのワンコインバーでありました。

そして流す音楽が、全て60年代から70年代のJ-ポップ。
出てくる楽曲はぜ~んぶ歌える…
何でこんな曲ばかり流すんだよ、と聞いたら、オーナーの趣味だという…
ふ~ん、そうなんだ、でもあんたら、こんな曲ほんとに知ってんのかよ…

そのうち、美味しい豆腐とドライフルーツのつまみが好きで、週2~3回通うようになり、
バーの名前が“ペルシャ猫”という名前であることも分かってきました。
ペルシャ猫?ざけんなよ!“のら猫”にすればよかったんじゃないのか、
などと笑っておりました。

最寄りの営団地下鉄・月島駅を行き来するにはどうしてもその店の前を通らなければ
ならず、気がつけば、店の前を通る度に青森クンが顔を出し、
“寄ってかないんですか?”と聞かれる毎日なってしまっておりました。

最後に行ったのは12月の初旬だったろうか。
店が超満員になってる。
“おいッ、どうしたんだよ?”と笑って聞いたら、“貸切です、ごめんなさい”と
亀田興毅似のあんちゃんが答える。
ふ~んそうなんだ、この店も有名になったもんだ…

そしてクリスマスソングが流れる頃になって、店が閉めたままになってる…
あいつら、風邪でも引いて寝込んでるんかな…
そして今回のクリスマス3連休。
店の前に小さな黒板に
「佃の皆様、お世話になりました。また必ず戻ってきます。I’LL be back someday.」

なんだよあいつら、へんなカッコつけやがって…

時期を同じくして、10年超馴染んだ、歩いて10秒の、つまりは隣のコンビニも閉店して
しまった…
パジャマでタバコ買いに行けないじゃないかよ…

かくして東京・佃は、何事もなかったように、また正月を迎えます。


2011年12月24日

「ドル建て日本国債発行」の可能性を検証する

日本国債は日本の個人資産で賄えているから大丈夫だと言われてきた。
ではその個人資産とは何か。
それは日本国民の、日本の銀行に対する預貯金である。
日本の銀行(郵貯を含む)は、大口の貸出先もないまま、半ば強制的に日本国債を
買わされてきた。

現在、発表されている(通常引用されている)日本の個人資産は1,400兆円。
しかしその1,400兆円は住宅ローン絡みの資金も多く、東日本大震災や、
日本の空洞化経済による住宅ローン不良債権化の波が押し寄せている。

要は日本の個人資産1,400兆円は、(あくまで推定だが)20%減の1,200兆円程度に
まで減額してしまっているのではないか。
そして毎年50兆円の恒常的な赤字国債の発行、また今回の東日本大震災の復興資金と
して総額100兆円程度の資金が必要と考えれば、日本がこれまでに積み上げてきた
借金1000兆円を含めて、日本の財政はほぼイーブンに近くなってしまっているのでは
ないかとも考えられる。

あの慎重居士の野田首相が増税路線一直線なのは、
日本の財政事情が必要以上に逼迫しているのではないか、と考えても不思議ではない。
結論的には、日本は、財政赤字を海外に頼らざるを得ない状況に近づいているのでは
ないのだろうか。

いずれにしても21世紀は、米国ドル、欧州ユーロ、中国元のいずれかの支配下に
入らざるを得ず、究極の三択の世界に入るものと思われ、
その中で最終的な選択を強いられるものと思われる。

日本の財政が逼迫すれば、その資金を充填せざるを得ない。
その矛先はまず、世界第二位の保有高を誇る米国債にも向かう。
ご存じのように、現在の米国には債務返済できる状態にはない。
仮に無理矢理請求すれば、日米安全保障条約は破棄され、日本は丸裸になる。
と当時に、米国債の大暴落となり、世界経済自体が崩壊する。

こうした中で現在、財務省が「ドル建て日本国債」を密かに計画していると噂されている。
日本が「ドル建て日本国債」を発行するには「米国の庇護」が絶対条件である。
この根幹のシナリオの中で考えられる条件は以下のようになると思われる。
「日本の流通通貨は、円を廃止し米ドルとする」
「日本の、米国債返還請求権の放棄」
「日本の隠し資産(いわゆる埋蔵金等のプラス資産や、隠れ借金等のマイナス資産等)を
洗いざらい探り出し、日本の財政事情を明確化する」

最終的には
「日本は米国の(実質上)米国の支配下に入る=米国の金融方針に沿った国になる
=属国になる」ことになるが、
第二次大戦以降、営々と築かれてきた官僚制度も必然的に崩壊することにはなる。
最近頓着されているTPP(環太平洋経済連携協定)も、結局は米国を中心にし中国に
対する包囲網、もう少し明確に言えば米国を中心とした軍事同盟と捉えれば納得がいく。

結局、日本がこのまま生き残るためには、「日本国内でドルが使われる世界」を
容認せざるを得ないものと思われる。

ではその時期はいつか。
このままであれば2015年が重大なテーマになるものと思われる。


2011年12月18日

世界経済は固定相場を目指す!?

今から40年前の1971年8月、
ニクソン米大統領が突然のタイミングで金とドルの交換を停止した。
1オンス=35㌦の公定価格で金と結びつくドルに、各国通貨があらかじめ決められた
交換比率(平価)でペッグするという、(米ニューハンプシャー州の保養地の名を冠した)
「ブレトンウッズ体制」が崩れた瞬間だった。

ニクソン大統領の表明以降、従来の交換比率は通用しなくなった。
しかし主要10ヶ国は、長く馴染んだ固定相場の修復を目指した。
各国通貨の平価を決め直す場所に選ばれたのが、
ワシントンの観光名所であったスミソニアン博物館だった。

議長のコナリー米財務長官は日本に対して18%の円の切り上げを求めた。
ところが、水田三喜男蔵相は17%未満に拘った。
「17%は昭和初期に金本位制に復帰した際の切り上げ率で、日本には不吉な数字。
不況になり金本位制を復帰を決めた井上準之助蔵相は暗殺された」
という、論理にならない論法だった。

かくして1971年12月、
実は参加国中で最大の切り上げ幅・16.88%の切り上げ率の1㌦=308円が決定される。
しかしニクソン大統領が「ブレトンウッズにも匹敵する合意」と自画自賛した
スミソニアン体制は1年もたたないうちになし崩し的に崩壊していった。
そして1973年3月までに主要通貨は変動相場制に移行していくことになる。

そのスミソニアン合意では、「許容する為替相場の変動幅を平価の上下2.25%に広げる」
ことも合意されている。
しかし西独、仏、イタリアなどの欧州6ヶ国は仲間内で、
「互いの通貨の変動幅をその半分にする」ことで合意している。
「トンネルの中のへび」と言われるユーロのルーツである。

1973年の変動相場制に移行して以降、通貨の値段が上下動するようになり、
必然的にリスクヘッジや投機の動機も生まれる。
変動制移行が通貨先物取引の拡大等、世界経済の「金融化」を進めていくことになった。
英・国際経済学者スーザン・ストレンジが強調するがごとく、
変動制移行は「カジノ資本主義」の元凶だったことは否定できない。

地続きの欧州各国が、為替変動や両替の面倒を避けて「究極の固定相場制」である
単一通貨を選択したのは、ある意味で理に適っている。
ただ「固定相場制」「国境を越えた自由な資本移動 」「各国の金融政策の独立」が
同時になり立たないのが現在の世界経済の実態ではある。

ユーロの金融政策はフランクフルトにある欧州中央銀行(ECB)に一本化され、
ギリシャ、スペイン、ポルトガルなどの国々が、独並みの低金利で資金を調達できる
ようになり、バブルや財政規律の緩みが生じる結果となった。

現在の欧州動乱の元凶は、やはり変動相場制移行にあった。
混乱は簡単には収まりそうにない。
ユーロ消滅か、などと、ユーロ資産そのものが消えてなくなるかの如くの表現をされ
始めている。

しかし近代経済の一連の流れを復習してみれば、近い将来消えゆく通貨は日本の円であり、
ユーロが漫然と死を待つことはあり得ない。
日本の円が消えゆく可能性については後日、論述したいと思っているが、
とりあえずは冷静に対処したい局面である。

2011年12月10日

吹き荒れる橋下旋風と、今後の日本の政治

注目されていた11月27日の大阪ダブル選挙。
開票が始まった午後8時、NHKでは大河ドラマの開始と同時に“橋下当確”の
速報テロップが流れた。
開票0%で当確?とは思ったが、橋下徹代表率いる「大阪維新の会」は圧勝した。

大阪市庁舎は中之島という場所にあるため、大阪市役所労働組合約500名と、
大阪市従業員労働組合の約7000人の組合員を中心に、
現役およびOBを含めて“中之島一家”と呼ばれてきたそうである。

今回の市長選挙では、橋下氏が(強引に)導入しようとした
「職員基本条例案」と「教育基本条例案」が最大のテーマとなった。
上記2例案は、市の職員や教員を5段階で相対評価し、
2年連続で最低のDランクの場合、処分対象にするというもの。

こうした流れに危機感を持った“中之島一家”が一丸となって平松前市長の支援に回り、
総力戦で挑んだものの、あえなく敗北を喫することになった。
選挙前では橋下氏が市長になれば、数百人単位で職員が辞表を提出すると言われていた
ものの、今のところ誰も辞表を出していない模様である。

今回の市長選挙では60.92%という投票率も注目された。
普段は選挙には無関心の、若者や女性層が投票に行ったのは確かなようである。
そうした“無関心層”が「維新の会に大阪を変えて欲しい」と意志を明確にしたのである。

ファシズムをもじってハシズムと揶揄される橋下氏の政治手法は「数の論理」。
勝てば官軍という姿勢は、確かに民主主義社会の風情ではない。
もし今後、大阪都構想を推進する上で市議会が障害になると思えば、リコールという
強硬手段さえ取りかねない。

地方自治体は「(一種の)大統領制」である。
首長が財政の主導権を握れるからである。
しかしこれまでの首長はナアナアの感覚でやってきたし、
議会との対立の図式などがあって、十分に機能することがなかった。
石原慎太郎東京都知事も、河村たかし名古屋市長も改革に邁進したが、
対立する議会の存在があり、一定の制限を受けてきた。

ところが今回の大阪では、大統領制の力と怖さを知った人間が議会まで牛耳り、
それを最大限に利用しようとしている。
橋下氏は、一連の環境を一気に変えようと試みているのである。
“面白がり”の大阪人が、橋下氏に“一度やらせてみよう”となった。

元々大阪人には自発的なエネルギーがあった。
例えば世界最古のコンクリート建築である大阪城天守閣は
「大阪には大阪城が必要だ」と、市民が再建したもの。
そうした底知れないエネルギーを阻害していたのが府庁や市役所に巣食う役人だった。
橋下氏は、一連の“大阪を斜陽都市にした”大きな壁に挑戦していることにはなる。

「大阪維新の会」に国政が追随しようとする雰囲気が出始めている。
確かにこのままスンナリといくほど問題は簡単ではない。
しかに現在の日本に巣食うドンヨリとした閉塞感を一新するには、
橋下氏のような“(劇薬に近い)蛮勇”が必要なのかもしれない。

2011年12月05日

RAILWAYS

約20年振りに映画館に行った。
銀座近くの有楽町マリオン。丸の内ピカデリー。

ここ20年、見たい映画は全てDVDで見ていたし、大概の邦画は1年も経つとTV放映されてた。
今回の映画もどうせ1年も経てばTVでやるだろう…
明るいうちに劇場に行って、暗い中で何で映画を見る必要があるんだ…

ところが今回は、実家方面のSさんから“熱烈”メールが来た。
メールの詳細は省略するとして、内容は「近年にない出来栄え。感動すると思う」云々….
そうですか、そんじゃ行ってみますか、主演は(山口百恵の相方)三浦友和でもある
ことだし…

「RAILWAYS」公開初日の12月3日(土)、劇場へと出かけた。
約八割の入り。でもさすがにロビーは混雑してる。
入った途端、ここは富山か?と思うくらい富山の匂いで溢れてる…,
どこが?と、聞かれても言葉に窮するが、ニュアンスが全て富山である。
標準語を使ってはいても、どこがか富山、雰囲気が富山、 そんな感じである。

30分程度の予告放映の後、いざ上映開始。
しょっぱなから黒部川を渡る地鉄電車の風景が始まる…

地鉄電車、正式には富山地方鉄道。
電鉄富山→宇奈月温泉(本線)、電鉄富山→岩峅寺(上滝線)、寺田→立山(立山線)で
成り立つ地鉄は、完全に富山・呉東地区の生活と密着している。
本線は、高校時代の通学電車だった。
そして岩峅寺には(入り婿だった)亡父の実家がある…
今でも、何かあれば宇奈月温泉で宴会、ってパターンとなる…

富山全体の風景を描くはずの今回の映画も、
(地図上で東京から見て右半分の)富山県・呉東地方の人間しか解らない雰囲気や
地名が連発される。
こんなの他県の方々に見せても、まず解ってもらえないなぁ、って感じの展開である。

ストーリーは、ごくごくありきたりの定年を直前に控えた夫婦の葛藤を描いている。
職場が地方鉄道の運転士だった、ってだけの話である。
この年代になると、当然のように女性が強くなる。
何で今更?ってスタンスで、怖いものなし、って状態になる。
そんな40代後半から50代前半の主婦の姿を、余貴美子が好演している。

でもやはり主演の三浦友和が目立っていた。
伝説1970年代の伝説の歌手・山口百恵の相方としてしか注目されなかった三浦友和が
定年間際の独特の“加齢臭”を醸し出している。
そしていつの間にか“背中で演技”するようになっている。

何度も言ってしまうが、
今回の映画は富山・呉東地区以外の人間に理解しろと言っても、
無理な部分が多かったように思う。
どんなに北アルプスと日本海のコントラストが美しくて、サクラの季節がいかに凄いかを
見せたとしても、あの独特の匂いを嗅ぎ取るのは無理と思う。

但し、今回の映画は富山県・呉東地区を、根っこから紹介するためのCM映画としては
最高の出来栄えと思う。
映画が終わって、劇場を出て、郷土料理を食べに行った。
そんな映画だった。


2011年12月03日

読売巨人軍の内紛に見る日本の企業統治

1960年~70年代、「巨人、大鵬、卵焼き」というキャッチコピーが流行った。
日本国民の誰もが(その三つを)好きという意味だった。
ご多分に漏れず、自分は巨人軍のファンであり、主砲・長嶋茂雄に憧れた。
その背番号3を、例えば風呂屋や学校の下駄箱の番号に競って追及した。

巨人軍は、
(富山県出身の)読売新聞の初代社長・故正力松太郎が創設したプロ球団である。
毎日、朝日新聞が中等・高校野球をバックに購買部数を伸ばしたのと同様の論理で、
読売はプロ野球を推進していった。
読売巨人軍は、プロ野球の盟主として君臨するに至るための、
いわば“(読売の)広告塔”の役割だった。

今回の内紛は、巨人軍コーチ人事を巡り、
清武英利・球団代表兼ゼネラルマネジャー(GM)が、渡辺恒雄球団会長を批判し、
解任された“(単なる読売内部の)ゴタゴタ”である。
清武氏は、解任はコンプライアンス(法令順守)違反を隠蔽するための報復措置で
あるとして、訴訟を提起する構えである。

元々ゼネラルマネジャー(GM)とは、
米大リーグで使われ始めたポジション(人事的地位)である。
その基本的な役目としては、選手・コーチ・監督の人事権ならびに
関連予算の編成・執行権を行使することにある。
GMが一度決めた人事を、オーナーが“鶴の一声”でひっくり返すことはあり得ない。

一方、チームの敗退の責任はGMがとることになる。
今回の騒動の中で、清武氏は自らの責任について一度も語っていない。
清武氏はコンプライアンス(法令順守)違反云々を言う前に、
GM制度の本質を理解していなかったことになる。

ただ清武氏は犠牲者と言えなくもない。
日本の球界は素人に球団の編成やGMを任せている。
親会社から球団に来て実権を握り、マスコミに囲まれる。
そうするうちに自分を野球の玄人と思い込むようになり、
まるで監督かオーナーになったような気になる。

まして読売巨人軍は(往時のような絶対的なものではないにしろ)
依然として人気球団であり、露出度も高く、ごくごく自然に増長してしまう環境にある。
そうならないための(人間として)冷静に対処する努力は並大抵ではない。

今回の騒動が単なる“内ゲバ”かと言えば、それだけの話ではない。
日本のプロ野球の根幹に関わる問題をはらんでいる。
今回の泥仕合で曝け出されたのは、
株式会社読売巨人軍のコーポレート・ガバナンス(企業統治)の未熟さである。

結局、読売グループにとっては、清武氏のGM就任は“人事異動”の一環だった。
だから「GMの権限と責任」も、そして「契約年数」も明確にしていなかった。
一連の取決めがあれば、(少々残酷な言い方だが)
GMの仕事振りが気にいらなければオーナーはクビをきればよかった。
クビを切らないなら任せる。
単純な解決ができたはずである。

日本の伝統的な“鶴の一声”が効く世界も、そろそろ限界のようである。

2011年11月26日

丸の内 タニタ食堂

来年1月、「丸の内 タニタ食堂」がオープンする。
洒落れたカタカナ文字のレストランが乱立する国際都市・東京のド真ん中・丸の内で、
あえて純日本的を装う“少々ふざけた”感のするネーミングの食堂(レストラン)の開店が、
なぜ注目されているのだろうか。
ここには今後日本が考えなければならないテーマが含まれている。

株式会社タニタ。設立は1944年1月。
業種は精密機械。株式は非上場。本社所在地は東京都板橋区。
事業内容は計測機器の販売。資本金は5100万円。従業員は連結を含めて1200名。
計測機器をもう少し詳しく言えば、体組成計・体脂肪計や、料理用秤、タイマー、
活動量計、歩数計等の製造販売。

タニタの特記事項としては、日本で初めて家庭用体重計を「ヘルスメーター」と命名、
製造販売を開始した。
また世界で初めて体脂肪計や体組成計を製造販売するなど、常に先進の健康機器を開発、
製造販売している。

そのタニタが1999年、「健康機器メーカーの社員が太っていては示しがつかない」と、
低カロリーメニューを中心にした社員食堂が作られた。
メニューの特色は、定食スタイルで1食あたり500㌔カロリー前後、塩分3㌘前後と
なっている点。

そのうちタニタ社内で「腹いっぱい食べて痩せる」と評判になり、
そのレシピ本「体脂肪計タニタの社員食堂」が、シリーズ累計420万部という爆発的な
ヒットとなった。
出版業界では、くだんのレシピ本は写真を多用することから2万部売れれば御の字、
5万部以上ではヒットと言われるジャンルではある。
420万部という数字はまさに驚異的である。

最近の日本はTPP問題で揺れている。
「市場を開くか、閉ざすか」。「保護か競争か」。
鋭い対立軸が交差する土俵で議論は膠着している。
そして生かすか、殺すかといった極めて歪に単純化された議論の中で、
全体像が見えなくなってしまっている。

その中で、農業問題が最大の争点になっている。
進化から取り残された農業政策の中で、「農業は変わらず、農家は変わらず」が
声高に叫ばれている。
ただはっきり言えるのは、“変わらぬように見えてきた日本の農家”から、
いつしか農業を担う若い世代が消えていき、同時に活気も消えていった、
ということである。

これからは、甘言を弄せず痛みは認め、引き受けて、それに倍する果実を得るための
戦略・方法を練る時期であろう。
日米安全保障条約という足かせがある以上、交渉拒否は不可能である。
ならば早めに参加し、何を目標に、どう対応するかを考える時である。

日本全体に「守る」という言葉で、世界的な変化への対応を封じてきた面があるのは
否めない。
「守り」から「攻め」へ。
日本人の根幹の考え方(常識)を変え、日本人が営々と積み重ねてきた技術で世界に
挑戦する時期である。
その意味で、今回の「丸の内 タニタ食堂」は日本全体に今後の戦略に対する
大きなヒントをくれたような気がする。


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